「確かな安心」のある相互扶助の社会をつくる ――永島英器(明治安田生命保険相互会社取締役 代表執行役社長 )【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

雇用もメンバーシップ型

佐藤 先ほど約3万6千人の営業職員とうかがいましたが、生命保険会社はこの日本で女性の雇用を作り出したという点で、ものすごく大きな役割を果たしてきたと思います。夫が病気や事故で亡くなった時、残された妻が働ける場所は限られていました。その一つが保険の外交員です。私のまわりにも、そうした環境の人が2人います。

永島 私も現場で営業職員と話をする機会がありますが、人生でさまざまな困難に向き合いながらも奮闘してきた一人ひとりの物語に触れると、涙が溢れ出てくることがありますね。

佐藤 ただ、これだけ従業員数が多いと、そのマネジメントは大変でしょう。

永島 私は社内外で、保険も雇用もメンバーシップ型だと言い続けています。職務内容に応じて雇用するジョブ型にはしていません。もちろん昨今のデジタル化などでなくなる仕事はあります。その際に単に人を減らすのではなく、その人に自己変革、自己成長を促し、新たな役割・職務に挑戦してもらっています。

佐藤 デジタル化の影響を、どう社内で吸収しているのですか。

永島 昨年、「事務サービス・コンシェルジュ」という職制を作り、事務職員のうち約2200人が新たな役割を担っています。これまで外に出たことのない事務職員たちですが、営業職員と一緒にお客様を訪ね、死亡保険金のご請求手続きや相続など難度の高い手続きをサポートしてもらうのです。

佐藤 反応はどうですか。

永島 最初はすごく不安だったようですが、お客様から直接「ありがとう」の声が聞ける、とみんながやる気になっています。お客様のアンケートでは、約96%の方々からご満足をいただいています。

佐藤 この数年、ジョブ型がもてはやされてきましたが、風向きが変わってきた気もしますね。

永島 「今だけ、金だけ、自分だけ」という考え方では、安心して働くことができません。自分が置かれた環境の中で、自分らしく、そして自分が成長できる居場所が必要です。

佐藤 そこで必要になってくるのは、たぶん健全な愛社精神ではないでしょうか。

永島 そうですね。私は一人ひとりの「個」を大切にしたいと思っていますから、あまり愛社精神という言葉は使いたくないんですね。いまはやりの言葉で言えば、「エンゲージメント」でしょうか。

佐藤 誓約の意味から派生して、会社への愛着や思い入れを表す言葉ですね。

永島 よく職員には、会社が何者であり、何を目指しているかを「自分ごと化」することが大事だと話しています。「確かな安心を、いつまでも」という会社のフィロソフィーが自分の幸せの追求と重なれば、お客さまの満足度が上がり、結果として成績につながっていきます。すると処遇もよくなり、会社も成長する。それを私は「美しい循環」と呼んで、究極的な理想像としています。

佐藤 一方で、生命保険会社は集めたお金を運用する機関投資家でもあります。

永島 弊社は大株主として多くの企業の株式を持っていますが、アクティビストとは一線を画し、例えば議決権の行使に際しては助言機関に頼ることがないようにしています。投資先の中長期的な成長につながるか、社会、地域、あるいは日本の利益になるかという長い視点で見ています。またサステイナビリティー領域に高度な知見を持つSDGインパクトジャパンと提携し、SDGsに特化した「ESGインパクトファンド」も設立しました。これらは相互会社だからできることかもしれません。

佐藤 相互扶助的であり、かつ共存共栄的な精神で投資した方が、中長期的には企業の成長と繁栄につながるでしょうね。一部で資本主義は強欲資本主義となってしまいましたが、何でもやりすぎると大きな弊害が出てきます。

永島 その通りです。

佐藤 ウォルフガング・ロッツというイスラエルの伝説的なスパイがいます。彼が書いた『スパイのためのハンドブック』という本の最初に、スパイの適性試験が載っているんですね。彼が言うには、一番点数の高い人がスパイに向いているわけではない。最高点に近い人は、卑劣で、目的を達成するにはどんなことでもする。だから組織はあなたを使うけれども誰も尊敬しないし、組織内でも上に行けないと評するのです。

永島 道具として扱われるだけということですね。

佐藤 はい。そして次の点数域の人を、一定のバランスがあって、嫌な仕事でも引き受けるものの、節度がある。だから情報部員として成功する、と評価する。

永島 その分析は面白いですね。

佐藤 やりすぎる人には誰もついてこない。それは会社も同じです。利益追求だけで進んでいくと、どこかで齟齬(そご)が生じる。だから会社としてやりすぎない仕組みを持っている相互会社は非常に重要です。

永島 貧富の差が拡大し、分断が深刻化している中で、生命保険は助け合いの精神で成り立っている極めて人間らしい営みです。保険契約を交わすことは、保険会社という運命共同体の船に乗ることに他ならない。国家と市民の間にある私どものような相互扶助の中間団体の役割は、今後ますます重要になると思いますね。

佐藤 国家権力による統制でも個人の自助努力でもなく、人のつながりを中心にして成り立っているのが中間団体です。まさに相互会社はそれを体現している。私は民主主義を担保するのは中間団体だと考えています。会社も中間団体ではありますが、営利追求だけでは分断を深めるばかりで、民主主義を支えていくことはできません。

永島 相互扶助や地域貢献は、もともと弊社がDNAとして持っていたものです。今、企業が社会から、どのように利潤を追求するかというHOWではなく、「お前は何者なのか」とそのあり方が問われている中で、私どもは目指すところを一層明確にし、その旗を立てていきます。そしてそれを見て共感していただける方には仲間になっていただきたい。そうして、しっかりと相互会社としての役割を果たしていきたいと思っています。

永島英器(ながしまひでき) 明治安田生命保険相互会社取締役 代表執行役社長
1963年東京都生まれ。東京大学法学部卒。86年明治生命(現・明治安田生命)入社。ロサンゼルス駐在、群馬支社新桐生営業所長、静岡支社長などを経て、2015年執行役企画部長、16年執行役員人事部長。17年常務執行役となり、21年より現職。

週刊新潮 2022年12月1日号掲載

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。