ある日、胃がんが発覚したアラフィフ夫 それを知った妻と不倫相手の反応で感じた“2人の性格問題”

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新婚なのに…

 そういう貴典さんの「正義」は結婚生活にも活かされた。佳恵さんは彼の妻であって、「家」とはなんら関係がないのだからと、両親には結婚の報告をしただけだ。これには後述する彼の家庭の事情もある。むしろ、家庭の事情があったから、そういうタイプの人間になったともいえる。いずれにしても、彼は自分の実家や親戚に彼女を巻き込みたくなかったし、彼自身も、佳恵さんの家族とはあまり関わりたくはなかった。

「だけど結婚してから、彼女はそれが不満だったみたいですね。彼女の実家は、僕らの自宅から電車で30分ほど。だから何かというと彼女は実家に行くし、仕事帰りに『今日は実家で食事するから一緒にどう?』と連絡があったりする。でも僕は行きませんでした。気を遣って食事をして、お互いに楽しいはずがない。それより僕はきみと一緒に時間を過ごしたいと言ったのですが、そこは彼女にはなかなかわかってもらえなかった」

 週のうち半分は実家に帰る妻だったが、彼はもともとひとりでいるのが好きだから、だんだん慣れていった。ただ、何度か「このままでいいのかな。新婚なのに、もっと一緒にいてわかりあう努力が必要だと思う」と言ったが、妻は「仕事が忙しいから、実家で食事したほうが楽なんだもん」と譲らない。

「まだ子どももいないのだし、多少遅くなっても、一緒に作って食べるとか、どこかで食べてくるとか、デリバリーを頼むとか、いろいろ方法はあると思うんですよ。あの時点で、妻は僕と深くわかりあうより、実家を選んだのかなと思います」

貴典さんが育った家庭環境

 それでも子どもができれば変わるだろう。貴典さんはそう思っていた。結婚して2年目に長男が、その3年後に長女が産まれた。ふたりとも時間に追われたが、佳恵さんの母の手助けもあって、なんとか日常生活は滞らずに回すことができた。

「僕は佳恵のお母さんに、毎月、少ないけど数万円渡していました。手伝ってもらっているのだから当たり前でしょ。でも佳恵がそれを知って怒りまして。お母さんの好意をお金に換えた、と。お礼をするのは当たり前だろ、お母さんだってよその家の主婦なんだからと言ったら、『なにそれ。だいたい、あなたは他人行儀すぎる』って。親戚づきあいもしたがらないし、どうしてそんなに孤独を気取るのかと言われて……。めんどうが嫌なんですよ。特にそういう義理がからんだような人間関係は。佳恵は僕が選んだ妻だけど、妻の親や親戚なんて選んだつもりはない。それが他人行儀と映るんでしょうけど」

 貴典さんが育った家では、母と父方の祖母とがいつも険悪な雰囲気をもたらしていた。姑である祖母にいびられて母が泣く姿を見てきたし、母が仕返しに祖母のお茶にこっそりゴミを入れているのを見たこともある。祖父母と自分たち一家が別に暮らせば、こんなくだらない争いはなくなるのにと子供心に思っていた。

「祖父はほとんど酒乱でしたからね。父は昔から祖父に殴られていたようです。めんどうなことがあると殴ったほうが早いと父も思っている節があった。母が殴られているのを見たこともあります。小さいころは、僕が泣いて取りなして、やっとおさまるということが多かったけど、小学校高学年になると、いつまでも家族のもめごとにつきあわずに早く出て行ったほうがいいと思っていた」

 たまたま関東地方に親戚がいたので、そこを拠点に都内の私立中学を受験したところ、かなりの難関校に受かってしまった。親戚の家から通うという条件で入学したが、親戚はすぐに自分の経営する近所のアパートの一室を彼に与えた。

「めんどうだから追いやったんでしょうけど、僕にはありがたかった。親戚の家には2ヶ月くらいいましたが、いづらかったですから。あちらも僕をどう扱ったらいいかわからなかったようですし」

 貴典さんは、13歳からほぼひとり暮らしをしてきたのだという。成績がよかったので、そのまま高校に入学、国立大学へと進学した。記憶力がいいからテストに向いていただけで、本当に頭がいいわけではないと彼は謙遜したが、まさに「地頭のいい人」なのだろう。

 どうすれば人に好かれるかもわかっていた。友だち思い、義理堅いと友人関係や職場では言われてきたが、それは単なる処世術かもしれない。自分の本性がどこにあるのかわからない。妻が言うように他人行儀で冷たいところもあるのだろう。だが、自分は自分のテリトリーをはっきりさせておきたいだけだ。誰かに土足で踏み込まれたくなかった。一方で、本当は誰かと親密な、この上なく親密な関係を作りたいと思っているのだろうかと自分に問うこともあった。

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