ある日、胃がんが発覚したアラフィフ夫 それを知った妻と不倫相手の反応で感じた“2人の性格問題”

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まだ気力がなくて

 離婚に同意しない妻をあきらめ、彼は家を出た。里香さんの家に転がり込むわけにもいかないので、里香さん宅の近くにアパートを借りた。

「すぐ近くなので、三日にあげず里香のところにいます。里香は、シニアを対象としたスイミングのコーチを続けながら、本社での仕事も増やしたようで忙しそうですが、とにかく笑顔でいてくれる。僕の給料の半分近くは妻と子どもたちへ生活費として渡していますから、里香には負担をかけていると思う」

 そのうち調停の連絡でもくるかと思っていたが、佳恵さんは何のアクションも起こさない。作戦を練っているのか、あるいは関心がないから無視しているだけなのか……。

「きっぱり離婚したほうがいいとは思うんですが、僕もまだ気力が足りなくて。体はすっかりよくなったけど、離婚にまつわるもろもろのことを考えると気が重くて動き出せない」

 18歳と16歳になった子どもたちは、突然、出て行った父親をどう思っているのだろう。それだけは気になっていると彼は顔を歪めた。合わせる顔がないとわかっているが、どうしても我慢できなくなり、つい先日、長男には連絡をとってみた。

「ああ、おとうさん。長男の第一声はそんな感じでした。ごめんなと言うと、『よくわからないけどさ、無事に生き延びたんだから無理すんなよ』と。涙が出ました。長男は僕に似ているんでしょうね、感覚的なものが。そう感じました」

 人との距離感やパーソナルスペースの守り方などが似ていると、彼は直感的に思ったようだ。離れてみて長男を理解できたような気がすると彼はつぶやく。

「もうしばらく、この形でいるしかないですね。今もひとりでいるのは嫌いじゃないから、アパートでひとり夜を過ごすこともありますよ。翌日にはもう里香に会いたくてうずうずしますが、かえってこういう生活のほうが里香とはうまくいく気がします」

 50歳を前にして、不安定な生活をしている貴典さんだが、死を意識したからこそ生き方を考え直すのは、その状況に置かれた人ならあり得る話だろう。このまま「結婚」に縛られて生きていきたくない、本当は別の人と添い遂げたい。そんなときに「この人だ」と思える人に会ったら、気持ちがそちらにいってしまうのも無理はないのではないだろうか。

***

 大病を患ったことをきっかけに自分の来し方を見つめ直す……という話はよく聞く。貴典さんの場合は、かねてより里香さんとの関係があったところへの“一押し”になったという印象が強い。

 貴典さんががんを打ち明けた際の、佳恵さんと里香さんの反応は対照的だった。もし、このときの言葉の選び方が違えば、貴典さんは今も家庭を維持しようとしていたかもしれない。

 もっとも、妻の「休職するしかないのよね、お給料はどうなるの」という言葉を「がっくりきた」と貴典さんは振り返っているが、人によっては、ショックを受ける妻の心中を汲みとって受け入れることができたはずだ。反対に、心を動かされたという里香さんの「私のことは気にしないで」は、生活を共にしていない立場だからこそ言える台詞でもある。やはり人によっては醒めてしまうことだってあるだろう。

 どちらが「正解」というものでもなく、佳恵さんがわるもの、という話ではない。貴典さんが里香さんを選んだだけの話である。

 気になるのは、貴典さんがまだ正式な離婚には至っていないという点だ。手続きを行うだけの気力がない、という理由を口にするが、本人にも言葉にできない思いがあるのではないか。だからこそ亀山氏に話を聞いてほしくなったとも考えられる。それは佳恵さんと別れることへの不安か、それとも里香さんと一緒になることの不安か……貴典さんの育った環境を鑑みれば、もう結婚や家庭に煩わされたくないと自分が感じている、そのことへの不安かもしれない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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