見えてきたプーチンの大敗北…冬将軍はロシア軍に味方せず、ウクライナ軍は教科書通りの戦術で

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冬でも動く戦車

 念のため南部の気候も見ておこう。今回のロシア・ウクライナ戦争で激しい攻防戦が繰り広げられているヘルソン州の州都ヘルソンの平均気温を調べると、やはりマイナス6度からプラス3度の間で推移している。

「風速1メートルにつき体感気温は1度下がるとも言われます。厳冬期、ウクライナの最前線では、吹きつける風で体感気温がマイナス10度を超えても不思議はありません。これほどの寒さになると、どれほど最新型の防寒着を身に着けたとしても、兵士が作戦に従事することは不可能です」(同・記者)

 だが、軍事評論家の菊池征男氏は「冬将軍の到来で本当に戦線が膠着するのか、私は疑問に思っています」と指摘する。

「欧米や日本のメディアは、『厳冬期は両軍とも戦闘不能』と思い込み過ぎてはいないでしょうか。例えば、ウクライナでは秋になると雨が降り続けます。広大な大地は泥濘と化し、キャタピラで動く戦車でさえ自由に移動できません。秋雨の時期なら確かに戦線は膠着するでしょう。しかし、冬になれば大地は凍りつきます。少なくとも戦車は移動できるようになるのです」

NATO軍の指導

 改めてロシア・ウクライナ戦争における緒戦を振り返ってみよう。ロシア軍は当初、北から首都キーウ、東からハルキウ、そして南からヘルソンに向かって進軍を開始した。

「ウクライナ軍は“作戦の教科書”通りにロシア軍を迎え撃ちました。要するに、守って、守って、守り抜いて、反攻に転じたのです。しかし、これこそ『言うは易く行うは難し』の作戦であることは論を俟ちません」(同・菊池氏)

 攻められても守り抜き、反攻に転じる──これがどれほど困難かは、旧日本軍の戦史が冷徹に示している。

 太平洋戦争の末期、日本軍はサイパン、硫黄島、沖縄を次々に失った。そして一度も反攻に転じることはできなかった。

 なぜウクライナ軍はロシア軍を撃退し、追撃に移れたのか、菊池氏は「NATO(北大西洋条約機構)軍が、作戦面でも手厚いサポートを行ったのでしょう」と言う。

「西側諸国が最新型の兵器をウクライナに供与し、偵察衛星などによる機密情報も提供していることは、これまで何度も報じられてきました。それだけでなくNATO軍は、作戦面でもウクライナ軍につきっきりで指導しているはずです。そうでなければ、あれほど見事に反撃に転じられたはずはありません」(同・菊池氏)

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