妻がとつぜん失踪して9年… 「僕の不倫のせいなのか」と苦悩する44歳男性“波乱の家族史”

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相次ぐ不幸に咲紀子さんは…

 30歳で長男、32歳で長女が生まれた。会社も師匠である義父が社長だったころと同じくらいの業績を上げていた。社員の福利厚生にも気を配ったため、社内の雰囲気もよくなったと咲紀子さんにも褒められた。

 そんなとき義母が倒れた。病院に行くとすでに末期だと宣告され、入院して2ヶ月もたたずに亡くなった。

「怖くなりました。僕が来たら両親が亡くなったなんて、咲紀子に申し訳なくてたまらなかった。咲紀子は『あなたのせいじゃないわよ』と言ったけど……。あげくの果てに、長男が4歳のときに義兄である友人が自ら命を絶ちました。医師としてがんばっていたのに。患者のためにと働きすぎて、過労から鬱を発症したようです。『うち、呪われた家系なのかもね』と咲紀子がつぶやいたのを覚えています」

 咲紀子さんの様子が少しおかしくなった。淳也さんは心配だったが、仕事をしないわけにもいかない。彼女はときどき従姉妹の優子さんを呼んで手伝ってもらうようになった。

「家に帰っても咲紀子は暗い表情のことが多くなりました。もちろん、妻の気持ちを考えれば当然なんですが、子どもがいる以上、もうちょっと前を向いてほしかった。1年たっても妻はぼんやりしている時間が長かった。もちろん医者にも診せましたが、咲紀子は白衣を見ると感情が乱れるんです。兄を思い出すんでしょう。僕もがんばったけど、ふっと気分を変えたくなることもありました」

 会社と自宅は徒歩で15分ほどだ。彼は深夜、会社でひとり飲むことがあった。そこへ優子さんが訪ねてきたことがある。咲紀子さんに何かがあったかと思わずたちあがると、「咲紀ちゃんが、うちの人は仕事ばかりしているって愚痴るから迎えに来たのよ」と微笑んでいた。そして「淳也さんも大変だと思う」と近づいてきてハグしてくれた。優子さんは父親の仕事の関係で中学高校時代をアメリカで過ごしていたため、日常的にハグをするのだ。

「そのときも、いつものハグだった。でも僕も弱っていたんでしょうね、彼女に抱きついてしまったんですよ。養母との関係が急によみがえってきて、僕は父に嫉妬していた、本当は養母が大好きだったんだと急に自分の気持ちが理解できた。優子さんは養母にどこか似ていたから、急にパニックみたいになってしまって……」

 あのときと同じだった。気づいたら優子さんと関係をもっていた。自分は何をしているんだろう、おかしくなりそうだ。そう思ったとき、優子さんが言った。「私、淳也さんのことが好き」と。今言うな、それだけは言わないでほしいと彼は泣いた。

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