なぜアメリカの高速鉄道は日本の新幹線より圧倒的に遅いのか 一方、日本の鉄道にも大きな欠陥が(古市憲寿)

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 ニューヨークとワシントンD.C.は、アムトラックの運営する「アセラ・エクスプレス」という高速鉄道で結ばれている。アメリカの都市間移動は飛行機が中心だが、例外的にボストンからニューヨーク、D.C.までの湾岸部には高速列車が走っているのだ。

 ニューヨークからD.C.へ行く用事があるので、アムトラックを予約することにした。現在、運行本数は平日で10本程度、所要時間は3時間弱。料金は変動制で、安い席で1万円、高い席は7万円を超えることもある。

 以前にも乗ったことがあるのだが、「3時間」という移動時間のせいで、ニューヨークとD.C.の距離を、何となく東京-大阪間くらいに感じていた。だが調べてみると、360キロほどで、日本でいえば東京-名古屋間に近い。そんな距離に3時間もかかっていたのか。

 アセラ・エクスプレスは、まもなく新型車両を導入予定だという。だが列車を新造したところで、在来線の施設を使用しているため、時間短縮には限界がある。ワシントン・ポストでは、20年代末にはニューヨークとD.C.を2時間で結びたい、というアムトラックの目標が、とても野心的なことのように紹介されていた。

 日本の感覚としては不思議である。1964年の東海道新幹線開業の時点で、東京から名古屋まで約2時間半で結ばれていた。そして1965年のダイヤ改正で、早くも東京と名古屋間を約2時間で移動できるようになる。

 現在の「のぞみ」での所要時間は最短1時間33分だが、リニア中央新幹線が完成すれば、わずか40分。

 なぜアメリカほど豊かな国で、日本が半世紀以上前に達成した「大都市を高速鉄道で2時間で結ぶ」ということが不可能なのだろうか。翻って、こう問うこともできる。日本という衰退国で、既に便利な新幹線があるのに、なぜ更に速度を求めようとするのか。

 世界の株式時価総額ランキングで上位に並ぶのは、アメリカのIT企業だ。この数十年、日本の凋落と共に起こった変化に、工業社会から情報化社会へのシフトがある。製造業と建設業を中心とする工業と土木の時代から、ITや金融が幅をきかせる情報の時代に世界は変化した。日本はこの変化に乗り遅れた。

 だが昔取った杵柄とでも言えばいいのか、日本では今でも交通インフラに関しては一流国といえるだろう。ここでうっかり「日本の新幹線は世界一」とでも書き滑りそうになる。

 だが日本の鉄道は予約システムがお粗末だ。JRのサイトはいくつもあり不便。信じられないことに「えきねっと」は夜中、全く使えない。「エクスプレス予約」も機能が制限される。東北新幹線の当日チケットの予約を変更するためだけに、朝5時に起きたことがある。夜は「システムメンテナンス時間」というのだが、グーグルの友人に話したら「謎システム」と笑っていた。IT後進国の面目躍如である。

 ニューヨークからD.C.が2時間で結ばれるのが先か、「えきねっと」が24時間使えるようになるのが先か。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年9月29日号掲載

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