AED講習に“降臨”した名優 作家・石田夏穂が“迫真の演技”を振り返る
7回目の試験に臨む班員A
デビュー作『我が友、スミス』が第166回芥川賞候補に選ばれた新人作家の石田夏穂さん。女性たちが生きるボディビルの世界を克明に描いた著者が、AED講習でふいに出会った、“名優”とは。
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AED(自動体外式除細動器)の講習を受けた。なるほど、正直なところ講習を受けたとて、いざという時に役立つ自信はあんまり無いが、それまで素通りしていたAEDの存在意義が、少なくとも消火器と同程度には身近になった。講習は任意の5人からなる一班を1人の教官が見る形式だった。
心肺蘇生、もとい1次救命処置の実技には集中力を要した。というのは手順の一挙手一投足が煩雑なのである。するべき指差し確認は多岐にわたり、順番も入れ違いになってはならない。あくまで教科書的手順ではあるが、これらを愚直に再現しなければ修了証はもらえない。ここに受講者は実際の行動力よりは一時的な記憶力を試されるのだが、5人はいずれも真剣であった。
5人は順繰りに3回ずつ練習の場を持った。3回も繰り返せばほぼ全員が4回目の「試験」をパスできる。
「気道確保っ」「気道確保っ」
4人は無事に「試験」をパスしたが、班員Aは7回目に臨んでいた。このAであるが、言ってしまえば当座の物覚えが悪く、次の手順が頭から飛んでしまうらしい。一つの手順が済むごとにポカンとなってしまうのだ。ところが同講習会は「全員を合格させ帰す」類のものだったから、一人でも合格できない者がいると教官は困り、同じ班の受講者も解散できないという由々しき事態となる。そのため4人はAに声援を送った。具体的にはポカンとなったAに横から次の手順をささやいた。これには教官も見て見ぬ振りである。
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