AED講習に“降臨”した名優 作家・石田夏穂が“迫真の演技”を振り返る
「ねえっ、大丈夫なんですかあっ?」
手順の一つに「意識確認」がある。これはマネキンの肩を叩きながら「大丈夫ですか」と3回問えばいい。クールに実行すればよく、要は形式的でいいのだが、Aはなぜか、ここに渾身の臨場感を込めた。「だっ、大丈夫ですかっ? ねえっ、大丈夫なんですかあっ?」と、一体どういうことだ、ただごとではない迫真の演技である。いや、そんなにリアルを追求しなくていい、それより次の手順だ(というより、そのせいで次の手順が飛ぶのではっ?)とは蓋し4人に共通する所感だったが、余りの熱演に4人とも見入ってしまった。こうなると単なる物体だったマネキンにも命が吹き込まれ、途端に急病人らしく見える。自分の「意識確認」は、あれでよかったのかと自問してしまうほどに。
この「意識確認」の後は「反応なし」の指差し確認である。その後は「大声で周囲の人を呼ぶ」「119番の要請」「AEDの要請」と続くが、Aは放心の後に「えっと……気道確保っ」。おい、違うぞっ。4人はすかさず入れ知恵を発する。Aよ、頑張れ。皆で修了証をゲットして帰ろう。果たして、Aは8回目で合格した。
Aは劇団関係者だったのだろうか。私はAが晴れてパスした瞬間に、実のところ少し残念に思った。与えられたマニュアルをロボットのごとくお利口に再現した4人よか、むしろAのほうが、いざという時よっぽど人命を救えそうだと感じた。これが俳優発掘オーディションだったら満場一致でAがグランプリだったのは間違いない。ちょっと場違いだっただけで、それほど心に迫る表現力だったのである。
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