「不倫をしたが妻を傷つける気はなかった」 48歳夫が唯一“罪悪感”をおぼえる意外な女性とは

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偶然会ったのは…

 その女性は結婚しようと思っていた美香さんの妹だ。本当に偶然、空港で出会ってしまったのだという。

「春乃と結婚するとき、美香の妹の絵理には連絡しました。当時、七回忌がすんだと絵里から報告を受けていました。三回忌のとき、ご両親から『もう来なくていいから。あなたはあなたの人生を歩いていって』と言われたんです。だから絵里には、結婚することにしたとだけ伝えました」

 もう会うこともないだろうけど、絵里ちゃんも元気でと彼は言った。それから10年後の再会だった。

「西日本のとある町に出張するため羽田空港に行ったら、向こうから歩いてきた女性が目の前で立ち止まって『晶一さん?』と。彼女も西のほうへ出張だと。今度連絡していいかと言われてもちろんと答えました。話しながら少し首をかしげる様子が美香にそっくりで、美香のことを思い出してしまいました」

 もう封印したつもりの過去だったのに。晶一さんは複雑な思いで日々を過ごした。

一週間後、絵里さんから連絡があった。その日に「善は急げだ、今日会おう」と彼は言い、言ったあとで「善なのか」と思ったという。美香さんと絵里さんを同一視しそうな自分に気づいていたのだろう。

「残業で遅くなると春乃に連絡を入れると、『私も残業』という返事。あわてて近所に住む母親に連絡をすると『うちでご飯食べさせるから大丈夫』って。保育園時代より小学校に上がってからのほうが母には手数をかけていたかもしれません。そういうときは春乃が母の好物をもって迎えに行くから、母も楽しみにしていましたね。あのふたりは実の母娘のように仲がいいので」

 ときどき行く和食店の個室を予約し、絵里さんに会った。その時点では、とにかく懐かしかった、話したかったというだけだと彼は言う。

「美香が亡くなって16年くらいたっていましたね。美香のことも話したけれど、目の前にいる絵里のこれまでにも興味が尽きなかった。絵里は最後に会ったときに勤めていた外資系の会社を辞めて、3年ほど留学していたんだそうです。七回忌のころはすでに戻っていて、また別の外資系へ。今はさらに別の会社にヘッドハンティングされたそう。ハードだけど仕事が楽しいと言っていました。美香に比べると絵里はおとなしい印象があったけど、話してみると美香に生き写しのようでした」

「お姉ちゃんに似てるでしょ」

 しばらく話してから、絵里さんがふと言った。「お姉ちゃんに似てるでしょ」と。晶一さんはドキッとしたという。

「両親はお姉ちゃんが大好きだった。私はお姉ちゃんに比べると、成績も性格もパッとしなくて。でもお姉ちゃんが亡くなってから、両親がやっと私を正面から見てくれるようになった。最初はうれしかったけど、それはそれで負担にもなった。私、お姉ちゃんの分までふたり分、生きないといけないんだなと思って……と、絵里は心のうちを見せてくれました。その負担もあって留学してしまったそうです。今は両親とは別に住んでいるけど、関係も悪くないと。期待の長女がいなくなった両親の気持ちも、絵里の気持ちもわかるような気がして、しみじみと美香を偲びました」

 姉の不在や両親の気持ちを背負い、打ちのめされながらも自力で道を切り開いてきた絵里さんに、晶一さんは心からの敬意を抱いた。

「僕は結局、美香を失ったやりきれなさを封印したんです。そうしなければ生きられなかった。それも絵里に白状しました。絵里は笑って『いいのよ、それで。お姉ちゃんもそう望んでいたと思うよ』って。初めて泣きました。そういえば僕は美香を失ってから泣けなかった。16年ぶりに流した涙を、絵里は『尊いよっ』と笑ってくれた。泣き始めたら止まらなくなりました」

 喪失感や、心のどこかでくすぶっていた罪悪感のようなものが一挙に押し寄せてきた。店を出たものの、絵里さんと別れがたくなっていた。

「絵里を見ると、彼女の瞳がぬめっと濡れている感じがしました。しばらく見つめあったあと、絵里が小声で『行こう』と。タクシーを拾って絵里のひとり暮らしの部屋に行きました」

 リビングに美香さんの小さな写真が飾られていた。目の前の絵里さんが美香さんに見えた。そこから先のことはふわふわしすぎて記憶が鮮明ではないと彼は言う。

「絵里と一緒に天国の美香に会ったような感じでした。とはいえ、現実に結ばれたのは絵里です。絵里は魅力的でした」

 帰り際、絵里さんが彼の背中に「またね」と言った。彼は振り返って頷いた。

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