心霊写真から呪いのビデオ、そしてメタバースへ 心霊現象はいかに技術とともに進化してきたか(古市憲寿)

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 かつてテレビを賑わしていた心霊番組をめっきり見なくなった。誰でも簡単に心霊写真が作れる時代、もはやそんな子どもだましに関心が集まらなくなった、というわけではない。事実、TikTokなどのSNSには「心霊現象」が溢れている。

 新しいテクノロジーが登場するたびに、必ず心霊現象もアップデートされる。考えてみれば、心霊写真も人類史の中では「新しい」現象だ。1839年に銀板写真法が発明されて以来、多くの心霊写真が生まれてきた。

 19世紀は科学の発達で「世界」がさまざまな角度で解明される時代だった。ダーウィンが『種の起源』を発表したり、メンデルが遺伝学の基礎を築く。一方でエジソンらの活躍によって多数の発明品が生まれもした。

 無限に発展するように見える科学は、この世界のみならず、あの世さえも明らかにしてくれるかもしれない。科学を信じる人でさえ、そのような期待を持った。エジソンは、霊界と交信できる機器「スピリットフォン」を構想していたという。心霊写真も、科学によって霊魂の正体を観察しようという試みでもあった。

 その後、カメラの大衆化とともに心霊写真は新しい段階を迎える。日本でカメラの普及率は1968年には60%、1973年には70%を超えるが、ちょうどその頃、オカルトブームが起こっていた。『ノストラダムスの大予言』の大ヒットを筆頭に、UFOやネッシーなどが繰り返しメディアで取り上げられる。誰もが撮影できるようになった心霊写真も爆発的な流行を見せた。

 オカルトブームは1990年代末に再び起こるのだが、その時に注目を浴びたのはビデオだった。家庭用ビデオデッキの普及率は1990年に66%に達し、レンタルビデオが好評を博した時代だ。呪いのビデオをテーマにした小説『リング』は映画化もされ大ヒットした。

 携帯電話が普及した2000年代には「着信アリ」がヒット、死の予告電話がかかってくるという筋立てだった。原作小説が発表された2003年は、携帯電話の普及率が5割を超えるタイミングである。

 このように新しい技術やデバイスの普及と共に、新しい心霊現象が生まれる。同時に消え去った怪奇現象もたくさんある。「リング」では、呪いを解くためには、ビデオをダビングすればいいという設定があった。だが、現代のZ世代は「ダビング」と言われてもピンとこないだろう。ビデオデッキと共に呪いのビデオも消えてしまったのだ。

 もっと遡れば、動物に化かされた話があるが、今や聞くこともない(そもそも街に動物がいない)。監視カメラが溢れる時代には口裂け女は生き残りが難しそうだ。誰もがマスクをする時代でも復活しなかった(ただしポマードは再流行中)。

 一方で、話題のメタバースは心霊現象と相性がいいように思う。VR空間中に死者が紛れ込んだり、現実に戻れなくなるという怪談など、いくらでも作れそうだ。人間は、狐に化かされなくなっても、メタバースの幽霊にはおびえるのである。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年8月25日号掲載

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