水谷豊が明かす“寺脇降板”秘話 「いつまでも居ちゃだめだ」とアドバイスした理由とは

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「俳優の仲が悪くなるという現象が理解できない」

 相棒は替われども、主役の座は揺るがないためか、不仲の原因は水谷の横暴にある、とまで書かれた。

「天皇、絶対君主、暴君とまで言われてね。僕をそんなに立派にしないでください、っていつも思いますよ。でも、現場のスタッフたちが分かってくれているから、それでいいんです。本当に相棒同士がぶつかっていたら、仕事にならない。芝居はできないんですよ」

 水谷はこれまで仕事をしてきて、「俳優の仲が悪くなるという現象が理解できない」と語る。

「現場に入って芝居をしているときは、一緒に何かに向かっているという連帯感のようなものが生まれるんですよ。こうしたらいいか、ああしたらいいか、アイデアを出しながらやっていく。どうやって面白くしていくかという日々です。もし、関係がギクシャクしていたら、画面に表れますよ。観ている人に分かる」

成宮抜擢の理由は?

 及川の出演期間が3年になったのは、当初から予定されていたことだった。

「光ちゃんは歌手でもあるから、コンサートのツアースケジュールが大変なんですよ。スケジュールを削ったり、調整してこっちに来てくれるんです。ずっとツアーを犠牲にするというのは限界があるし。辛くなるだろうと思って、3年くらい頑張ってもらえれば十分だと考えていました」

 水谷は及川が神戸尊を演じていた当時、コンサートへ行き、その才能を改めて確認したという。

「彼はやはり素晴らしいエンターテイナーですね。歌だけじゃなく、トークも面白いし、自分の世界をしっかり持っている。お客さんはたまらないだろうな、と思いながら観ていました」

 神戸尊は、古巣の警察庁に異動するという形で特命係を去る。彼もまた、必要があればいつでも特命係に顔を出せるポジションなので、その後のシリーズに数回出演している。

 3代目の甲斐享役の成宮寛貴は、撮影が始まったとき30歳で、歴代の相棒の中では一番若い。

「僕は当時60歳で、ダブルスコアの年齢差。彼の場合は何人かの候補者の中から選ぶときに、右京が一度若い人と組むのもいいだろう、ということになって」

 甲斐享は、右京が警察庁次長である享の父・甲斐峯秋に「ご子息を」と頼み、特命係に連れて来た相棒だ。

「右京にしては珍しいことだけど、やはり誰か相棒が必要だったんですね」

 成宮もまた、かなりのプレッシャーの中でスタートした。新人やゲストを迎えたとき、水谷がいつも心がけているのは、相手の緊張をほぐすことだ。何気なく話しかけ、ジョークを言って笑わせたりする。

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