【実録・田中角栄】持論は「頼れるのはカネと新潟の人だけ」、番記者に松坂屋の背広仕立券、脳梗塞で倒れた日のこと、政治記者5人の証言

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首はどこにあるんだ

地方紙 その瞬間、角さんの首筋がみるみる赤く染まっていきました。記者席の僕らを睨みつけたその怒りが目白で弾ける。新潟日報が翌朝刊でスクープしますが、ヤクザの親分の出所祝いよろしく集まった軍団を前に「絶対許さん。ついて行くのが迷惑なら帰ってもらっていい。選挙だ。中曽根(康弘・首相)? あんなのシャッポ(帽子)だ。ダメなら代えればいい」と長広舌をふるった。「12月18日」と選挙の日取りまで言い当てた。

全国紙 選挙でみそぎを受けたかったわけだね。無罪主張のために日本中を利用した。

ブロック紙 解散権は首相の専権事項なのにね。まさに闇将軍の面目躍如だ。

地方紙 総選挙で角さんは22万761票を取る。談話をもらおうとダメ元で電話したら、機嫌良く「声なき声の爆発だ」と言っていました。僕らが22万票というと窘(たしな)められた。「ちゃんと761まで言え」と。彼は復権を意識し、派内は混乱していく。

通信社 この選挙、自民は大敗したが、田中派だけが勢力を伸ばしたので、相対的に田中の発言力が増す。翌84年10月の総裁選では、「目白の角印がなければ首相は決まらない」と言われるほどの絶頂期だった。

TV 本命は宮沢喜一でしたが、夏の軽井沢に集った僕らに角さんは「金欄緞子(きんらんどんす)のお姫様より泥で汚れた足を洗ってくれる下女の方がいい」と語りかけました。

ブロック紙 シャッポと言った中曽根再選支持だね。

TV 事はそれで収まらず、野党を巻き込んだ「二階堂擁立劇」が噴き出す。これを竹下(登・蔵相)と金丸(信・総務会長)が封じるのですが、田中派の若手は、自派から総理・総裁を出せないことにいら立ちを募らせ、84年末に秘密裡に会合を持つ。その集まりの後に小沢一郎は「おやじ(=角栄)はフレキシブルではなくなった。どんな権力者だって人の心に芽生えたものは抑えつけられない」とブツブツ私に語ったものです。これを察知し、面白くない角さんはウイスキーに頼り始める。

地方紙 迎えた85年正月。目白には「ますます繁盛」に引っ掛けて2升半の大瓶の酒がいつものように置いてありました。ただ、おとそ気分とは無縁の角さんは「謹賀新年、元旦とだけ言っておこう」とひと言。

全国紙 年末までは「60歳で政治家を辞める」などと我々を煙にまいていた還暦の竹下も「今年の目標は大蔵大臣を辞めること」と天下取り宣言をした。

TV 1月27日、目白を訪ねた竹下は「創政会」立ち上げの意向を伝える。3年経って竹下が振り返ってくれたのですが、「(明治の)太政官布告以来、県会議員(経験者)が総理になった例はない。お前は俺がもう一度やってからにしろ」、こう角さんは言ったと。で、後に引けぬと竹下は決断します。

全国紙 この日、竹下はかなり緊張していて、「玄関の三和土(たたき)までスリッパで降りてきた」と直紀が証言している。佐藤昭は「竹下なんて国会答弁要員よ」と言っていたほどで、角栄にとって竹下は「下足番」でしかなかった。

地方紙 そんな竹下に裏切られた衝撃は大きく「保守党にあって世代交代とは革命。絶対許さん」とすごい形相でした。創政会から外された渡部恒三が「直紀も含め全員で創政会に入れば勉強会は有名無実化する」と言うと、「だからお前はダメなんだ」と一喝され、涙をこぼしていましたね。

通信社 結局2月7日、創政会が40人で結成され、13日に竹下、梶山静六、小沢一郎らが目白を訪ねた際、田中からあの有名な「同心円で行こうや」発言が出る。党内に関係修復アピールを試みたわけだ。

地方紙 我々も同席を許されましてね。上ずった声で梶山が「首を差し出しにきました」と角さんに言う。「うん? 梶山くん、君の首はどこにあるんだ。君の頭は胴体に直接ついているんだろ」と角さんが口走る。苦笑いしているから余計に迫力がありました。

全国紙 そこからウイスキーの量が増え、1日1本だったのが2本へ。赤坂の「千代新」という料亭で番を集めて飲んだ時など、スタートが午後3時だった。

ブロック紙 脳梗塞で倒れるのが2月27日。その1週間前、目白へ朝行くとオールドパーをストレートで飲んでいて全く話にならなかった。“自壊”だったな。

TV 27日は僕にとってとても苦い一日です。2年前に当選した直紀を囲む会が柳橋の料理屋でセットされていたのですが、待てど暮らせど来ない。当たり前ですよね、角さんが午後5時に倒れ、東京逓信病院に入院しているわけだから。けれど我々はそのことを知らない。9時くらいにお開きになり、顔を見せていたお付きの秘書を目白駅まで送っていくことになった。私邸前も通りましたが、大門は開いたままで電灯は煌々としていた。主人が戻っていないのを意味しているのですが、なぜかやり過ごしてしまった。

地方紙 大失態でしたね。秘書が駅で降りた後、反対車線に渡るのがバックミラー越しに見えた。角さんが倒れたのを知っている彼は来た道を引き返し、目白の私邸に戻ろうとしたのでしょう。当時、金丸事務所へ12時に電話し、動きがないか確認するのが日課だったのでそうしたら、「何もない」という返事で、安心して3時まで酒を飲んだんです。

TV それで5時のNHK。

地方紙 そう。朝起きるのが辛いから、あるおばちゃんにラジオのニュースを聞いてもらうバイトをお願いしていたんです。彼女は電話で、「角栄が風邪で入院」と告げるんですが“風邪ならいいかな”と睡魔に身を任せた。今度は自分で6時のニュースを聞いたら、やはりそう言っている。一応、共に深酒した仲間に教えてやろうと電話し、うち一人から「風邪で入院するわけないだろ」と怒られて目が醒めた。

TV 当時、山に近いところに住んでおり、雪のせいで始発が随分遅れた。気持ちだけがはやったなぁ。

地方紙 NHKがなぜ察知できたかというと、あちらの記者が田中派重鎮の小沢辰男、郵政省の役人と麻雀をやっていた。角さんが入院した逓信病院は郵政省の管轄だからそこに連絡がきた……というわけなんですが、直紀を責めましたよ。「あなたは取材の機会を奪った。せめて今日はやめにしようと言ってくれればよかったのに」と。代わりに「真紀子の単独インタビュー」とかいろいろと提案したけど、ことごとくはねられました。

全国紙 番として悲劇だね。

TV 続きがあります。5月4日は角さんの誕生日で、大型連休の真っ只中。病院にベタ張りしなくてもいいかと勝手に判断して持ち場を離れたら、東京新聞の5日朝刊に「角栄、赤羽の河川敷でゴルフ」と抜かれた。

全国紙 僕らは翌日が完全休刊日だから追っかけることすらかなわない。

通信社 たまらないね。

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