ヨーヨーブーム再来 日本選手権3連覇中の「美人プレイヤー」は社会保険労務士で2児の母 スケバン刑事でも指南

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中1で全国大会2連覇

 飯塚さんが最初にヨーヨーと出会ったのは、家族旅行でイタリアのヴェネツィアを訪れた小学校5年生の時のこと。サン・マルコ広場で行商人が光るヨーヨーを売っているのを見て親にねだった。帰国してしばらくすると、子供たちの間でハイパーヨーヨーがブームとなった。

「男の子と一緒になって、毎日放課後、日が暮れるまで公園で練習しました。気がつけば両手で2つのヨーヨーを扱うようになっていました」

 中学校に進学した年、愛読していた漫画雑誌「コロコロコミック」でハイパーヨーヨーの大会「ジャパンチャンピオンシップ」の案内を見て、幕張メッセ(千葉県千葉市)で行われた同大会のレディース部門に出場。大人も出場する中、春と秋に2大会連続で優勝を果たす。その活躍ぶりは「コロコロ」に連載されていた伝説のヨーヨー漫画「超速スピナー」(作・橋口隆志)の人気キャラ「霧崎マイ」に喩えられもした。だが、ブームは次第に下火に。

「最初は幕張メッセに4万人が集まったのですが、最後のほうは、船橋の駐車場に停めたトラックの上が競技会場でした(笑)。ブームの終焉とともに、私も一度ヨーヨーを離れ、ギターを弾いたり音楽のほうへ関心が行ってしまいました」

「スケバン刑事」のスタントバイト

 だが、大学進学の直前、ヨーヨー界から“カムバック”の誘いを受ける。その頃、玩具メーカーのバンダイが「第2期ハイパーヨーヨー」と呼ばれる商戦を仕掛けていたのだ。そのメインキャラクターに就任したヨーヨーマスターのTAKAさん(ヨーヨー専門店「SPINGEAR」経営者の長谷川貴彦さん)から、「今度また幕張メッセでイベントがあるから見に来ない?」と誘われた。

「大学受験の直前だったのですが、懐かしいなぁと思って覗きに行ってみたら、かつての仲間たちが真剣にパフォーマンスをしていた。それを見て心が疼き、練習を再開したんです」

 その後、飯塚さんは明治大学法学部に進学。すると、大学2年生の冬に再びTAKAさんから電話が入った。「『スケバン刑事』の仕事がある」。当時人気アイドルだった松浦亜弥が主演するリメイク映画「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」(2006年公開)のスタントの仕事だった。

「手元だけ私というシーンが多く映っています。オープニングではシルエットだけですが、難易度の高いの技を披露する私の姿も。大泉学園の東映スタジオや茨城の廃工場などに2カ月くらい通って、松浦さんと準主役だった石川梨華さん(元「モーニング娘。」メンバー)にも手ほどきもさせていただきました。監督からは、刃が付いているヨーヨーで技を決めろなんて無茶振りもありましたが、いい思い出になりましたね」

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