ドブ川で“2000年間眠り続けた沈没船”の驚くべき保存状態 知られざる「水中考古学」の世界
これから夏本番。海水浴に行く方も多いだろう。砂浜でふと見かけた木片……それは、かつて大海原を渡った「沈没船」の一部かもしれない――。世界の海に眠る水中遺跡を研究する「水中考古学」の世界を、これまで20カ国以上で発掘プロジェクトに携わってきた“沈没船博士”山舩(やまふね)晃太郎氏が紹介する。
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人類は農耕民となる前から船乗りだった
近年、スキューバダイビングの浸透や水中探査機器の進歩により、世界の海では沈没船の発見が増えているという。ユネスコによれば「100年以上前に沈没し、水中文化遺産となる沈没船」が300万隻以上あるという。
「人類は農耕民となる前から船乗りでした。アフリカから世界各地へ広まっていった人類、特に私たちが属するホモ・サピエンスは最初、水よりも軽い質量のものを組み合わせた筏などを使用しています。そこから、より多くの人や積み荷を運ぶために丸太の内部をくりぬいた丸木舟、さらに丸木舟に側板を加えて大型化した準構造船へと改良していったのです。丸木舟や準構造船の遺跡は世界中のいたる所から発掘されています。さらに時代が下り、古代エジプト文明などの時代になると、徐々に大型化、複雑化していき船が作られるようになりました」(山舩氏)
19世紀の終わりに飛行機が発明されるまで、人が海を越えるための乗り物は船しかなかった。そのため、船には常に時代の最先端の技術がつぎ込まれている。過去の文明の船の構造を研究することは、私たちの子孫が、未来で21世紀のスペースシャトルや宇宙ステーションを研究して、私たちの技術水準を知るということに似ている、と山舩氏は語る。
沈没船遺跡は“タイムカプセル”
それにしても、長期間、海水にさらされていたら船体は残らないのでは、とも思えるが、実際はどうなのか。
「確かに、船の沈んだ先の海底が岩場だった場合、木材を食い荒らすフナクイムシなどの海洋生物や海流の影響で、水中遺跡は数年でボロボロに朽ちてしまいます。ですが、行き着いた海底が砂地だった場合は違います。積み荷の重さや、沈没船自身が障害物になって起こった海流の変化によって、船体に砂が覆いかぶさります。これにより海底に埋まる無酸素状態になり、有機物でも何千年も奇麗なまま保存される環境ができ上がる。いうなれば、真空パックに入れて冷蔵庫に保管しているようなものです」(山舩氏)
山舩氏はこれまでにクロアチアやコスタリカ、ミクロネシア連邦など世界各国で船を発掘している。海底から発掘された船体の木材や積み荷は、まるで昨日沈んだかのような奇麗な状態だという。良好な保存状態のおかげで、これまでの陸上の発掘からは分からなかったような事実まで知ることができる……。それこそが水中遺跡の最大の魅力なのだ。
そのため沈没船遺跡は考古学者の間でよく「タイムカプセル」と呼ばれているという。
「陸上の遺跡は、ミルフィーユのように『層』となって見つかることが多いんです。町や都市の遺跡は、まず古い建物が壊され、その上に次の時代の建物が作られるからです。だから、時代の流れをつかむことができる。それに対し、どこかからやってきて、何らかの理由で沈んでしまった沈没船水中遺跡はその土地との連続性はほぼ皆無。『時間から切り離された遺跡』なんです。沈没船遺跡を発掘すれば、その瞬間に切り取られた歴史が鮮明によみがえる。例えば、私が人生で初めて発掘に携わったのは、2000年もの間、ドブ川の底に埋まっていた古代船でした。表面の木目や外板、それをつなぐ植物の繊維まで残っていて、船体構造がはっきりと分かりました。そういう意味で、水中沈没船遺跡というのは考古学で発掘研究される遺跡の中でも異質といえます」
船といえば、大航海時代にヨーロッパの船が世界の海を渡った……というイメージが強いかもしれないが、山舩氏は「日本の海にも発掘調査すべき沈没船がたくさんあるはず」と語る。
「日本も歴史的に見れば海運が盛んな国です。例えば、江戸時代、『天下の台所』と言われた大阪と江戸をつないだのは、菱垣廻船や樽廻船でした。菱垣廻船は油や醤油といった生活必需品を扱い、樽廻船は酒を運んでいました。その他にも多くの江戸時代の物流は船によって支えられていました。また日本は市町村レベルで埋蔵文化財課があり、公務員としての考古学の担い手がたくさんいる。これは世界的に見ても珍しいほどの充実度です。彼らにも、そして一般の方にも、沈没船や水中考古学に興味を持ってもらいたいです。もしかしたら、海岸であなたが見つけた木のかけらや、ダイビング中に見つけた陶器が歴史的発見の糸口となるかもしれないですよ」
夏の海水浴が思いもよらない大発見にむすびつくかもしれない。