世界の海には300万の“水中遺跡”が眠っている! 沈没船博士が明かした海の「タイムカプセル」の驚くべき価値

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 密を避けながらも、暑い日差しの下、海水浴場で遊ぶのは夏の楽しみにひとつだ。しかし、海に引き寄せられるのは家族連れや恋人たちだけではない。海底でひっそりと眠る沈没船を探すロマンチスト――その名も「水中考古学者」たちが、歴史の謎を解明しようと、人知れず潜水している。

 その知られざる世界の一部を、気鋭の学者・山舩晃太郎氏の『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』から一部抜粋・編集してお届けする。

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世界の海に眠る300万隻の沈没船

 近年、貴重な沈没船の水中遺跡が凄い勢いで発見されている。水中探査機器の進歩や、レジャーとしてのスキューバダイビングが浸透したのに伴い、沢山の沈没船が見つかっているのだ。ギリシャのエーゲ海に浮かぶ島の周辺から、4年間の調査でなんと58隻の沈没船が見つかったこともある。

 ユネスコは少なく見積もっても、世界中には「100年以上前に沈没し」、「水中文化遺産となる沈没船」が300万隻は沈んでいるとの指標を出している。

 300万隻という数は一見多いように感じるかもしれない。だが、天気予報や水中レーダー、海図や造船技術が格段に進んだ現代の日本でも、転覆や沈没といった海難事故は毎年100件以上起きている。このペースが過去千年変わらなかったとしたら日本単独でも10万隻もの沈没船があった計算になる。

 つまり、ギリシャの島の周辺から58隻見つかったのは不思議でもなんでもない。むしろ少ないくらいだ。大量の沈没船が、まだまだ手付かずのまま世界中の海に眠っているのだ!

 こうした沈没船や、水中に眠る遺跡を発掘・研究するのが「水中考古学」である。

 よく陸上の考古学と対をなし、独立して存在している学術分野ではないかと勘違いされるが、これは間違いである。水中考古学はあくまで一般的な陸上の考古学の一部だ。ただ、遺跡が「水中」という環境にあるため、陸上の遺跡よりも格段に保存状態が良いケースが多い。その一方で、発掘作業や海底から引き上げた遺物の保存処理作業に特殊な技術と知識も必要だ。これらの技能を身に付けた考古学者を包括的に水中考古学者と呼ぶ。「海の中でも発掘ができる陸上の考古学者」が水中考古学者というわけだ。

 ここで重要なのは、考古学の神髄は発掘ではなく、発掘された遺跡や遺物を対象に行われる研究であることだ。エジプトの海底から神殿が見つかればそれはエジプト考古学研究の水中考古学者が行わなければならないし、日本で飛鳥時代の古墳が水中で発見されれば、それを専門に研究している考古学者が発掘研究を行わなければならない。

人類は農耕民となる前から船乗りだった

 そして私の専門は、学問分野でいえば水や海に関わる人類の歴史を専門とする海事考古学の中の「船舶考古学」になる。

「人類は農耕民となる前から船乗りだった」

 私たち船舶考古学者が、この学問の重要性を示すために使う言葉である。

 船は交易と戦争において最も重要な機械として使われてきた。

 アフリカから世界各地へ広まっていった人類、特に私たちが属するホモ・サピエンスは最初、水よりも軽い質量のものを組み合わせた筏などを使用していた。そこから、より多くの人や積み荷を運ぶために丸太の内部をくりぬいた丸木舟、さらに丸木舟に側板を加えて大型化した準構造船へと改良していった。丸木舟や準構造船の遺跡は世界中のいたる所から発掘されている。

 さらに時代が下り、古代エジプト文明などの時代になると、徐々に大型化、複雑化していき船が作られるようになる。19世紀の終わりに飛行機が発明されるまでは唯一、人が海を越えるための乗り物が船だった。そのため、常にその時代の最先端の技術がつぎ込まれている。

 つまり過去の文明の船の構造を私たちが研究することは、私たちの子孫が、未来で21世紀のスペースシャトルや宇宙ステーションを研究して、私たちの技術水準を知るということに似ているのだ。

 また、沈没船が輸送船だった場合、沢山の積み荷を載せていることが多い。古来より港には内陸部からさまざまな商品が集められ、船に積まれ遠くの港に運ばれ、そこから各地に散らばっていった。船の積み荷を研究分析することによって当時の人々の貿易システムをかなり詳しく再現できる。

 造船技術と積み荷の内容。この二つが船舶考古学において、重要なポイントとなる。

水中遺跡は「タイムカプセル」

 船の遺跡の多くが水中で発見されていることも、船舶考古学が注目される大きな要因となっている。

 船が沈んだ際、行き着いた海底が砂地だった場合、積み荷の重さや、沈没船自身が障害物になって起こった海流の変化によって、船体に砂が覆いかぶさる。これにより海底に埋まる無酸素状態になり、有機物でも何千年も綺麗なまま保存される環境ができ上がるのだ。いうなれば、真空パックに入れて冷蔵庫に保管しているようなものだ(残念なことに海底が岩場であった場合は木材を食い荒らすフナクイムシなどの海洋生物や海流の影響で、水中遺跡は数年でボロボロに朽ちてしまうが……)。

 これまでに何隻もの古代船を発掘してきたが、海底から発掘された船体の木材や積み荷は、まるで昨日沈んだかのような綺麗な状態だ。陸上で発掘される遺跡とは比べ物にならない良好な保存状態のおかげで、これまでの陸上の発掘からは分からなかったようなことまで知ることができる。これが水中遺跡の最大の魅力なのだ。そのため沈没船遺跡は考古学者の間でよく「タイムカプセル」と呼ばれる。

「陸上遺跡」と「水中沈没船遺跡」の違いはもう一つある。

 それは、「連続性」の有無だ。

 陸上遺跡はミルフィーユのように「層」となって見つかることが多い。どういうことかというと、町や都市の遺跡は、まず古い建物が壊され、その上に次の時代の建物が作られることが多い。実際、現在のイタリアのローマを発掘するとさまざまな時代の痕跡が層になり現れる。陸上の遺跡はこのような連続性を持っており、時代の流れをつかむことができるのである。

 それに対し、どこかからやってきて、何らかの理由で沈んでしまった沈没船水中遺跡はその土地との連続性はほぼ皆無である。「時間から切り離された遺跡」なのだ。

 沈没船遺跡を発掘すれば、その瞬間に切り取られた歴史が鮮明によみがえる。そういう意味で、水中沈没船遺跡というのは考古学で発掘研究される遺跡の中でも異質なのだ。

デイリー新潮編集部

2021年8月5日掲載

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