東京藝大は“芸術界の東大”? 度肝を抜く入試問題の数々

国内 社会 2021年7月25日掲載

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 累計40万部を突破したノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』(二宮敦人・著)は、社会現象にもなった前人未到、抱腹絶倒の探検記。天才たちが集う秘境の門は狭い。練習し過ぎで肩を壊し志望を変更したピアニストがいるかと思えば、自分で考えた四コマ漫画の台詞をホルンで“吹いて”合格した猛者がいる。重い画材を担いで試験会場まで階段を昇り続ける「ハンター試験」をクリアするために筋トレに励む者もいれば、細かく砕いた鉛筆の芯を顔につけ、その顔に紙を叩きつけた“自画像”を提出して合格した者も。『最後の秘境 東京藝大』から数々の逸話に彩られた第2章「才能だけでは入れない」を全文公開する。

80の枠を、約1500人が奪い合う難関

 ところで、藝大が屈指の難関校であることをご存じだろうか。僕も初めは知らなかったのだが、学生たちに話を聞いているうち、「難関」の片鱗(へんりん)が感じられ、今では恐ろしさすら感じるようになった。

 大学受験最難関の一つとして、東京大学の理科三類が知られている。各都道府県からトップクラスの秀才たちが集う場だ。どんな雰囲気なのか、実際に合格した人がこんな話をしてくれた。

「怖かったよ。試験中に、いきなり前の席のヤツが『ギャアーッ』って叫んでさ、鉛筆もテスト用紙も放り投げて、外に飛び出していったんだ」

「それは怖いね」

「いや、違うんだよ。本当に怖かったのはそこじゃない。そんなことが起きたのに、教室中の誰もが動じずにテスト用紙に向かってるんだ。響くのは、カリカリという鉛筆の音だけ……」

 飛び出した方はそれっきり、戻ってこなかったという。

 恐るべし理科三類。平成二十七年度の志願倍率が四・八倍、百の枠を約五百人が奪い合った。難関の名にふさわしい倍率と言えるだろう。

 対して藝大の最難関、絵画科の同年度の志願倍率はなんと……十七・九倍。八十の枠を、約千五百人が奪い合う。藝大全体でならした倍率でも七・五倍に達する。

 なお、昔は六十倍を超えたこともあったという。もはや入試ではなく顕微鏡の倍率である。

 藝大は「芸術界の東大」と言われているそうだが、むしろ東大を「学問界の藝大」と呼んでもいいのかもしれない。

受験で肩を壊す

「そもそも、ある程度の資金力がないと藝大受験は難しいんだよ。もともと私は器楽科のピアノ専攻を目指してたから、大阪から東京まで、新幹線でピアノの塾に通ってた。月謝と交通費だけでも、相当のお金がかかるよ」

 楽理科卒業生の柳澤さんが、受験について語ってくれた。

「地元にも、もちろんピアノの教室はあるけど。音校を受けようと思ったら、藝大の先生に習うのがほぼ必須なのよ。高校の音楽の先生や、それまで習っていたピアノ教室の先生なんかにお願いして、紹介してもらうの」

 藝大で実際に教えている教授、あるいは元教授──。そういった方を師匠と仰ぎ、レッスンを受けるのが当たり前なのだ。教授のコネが必要という話ではない。試験の採点は、師匠を除いた残りの教授陣によって行われる。

 藝大に合格するにはトップレベルの実力が必要で、それを身につけるにはトップレベルの指導者に習う必要があり、トップレベルの指導者は藝大の教授であることが多い。そういうことのようだ。他の受験生がそうしている以上、自分も同じようにしないと戦えない。

「じゃあ、親は大変だね」

「そうね、親が本気じゃないとダメだと思う。でも、大抵の親は本気だよ。特にピアノ専攻やヴァイオリン専攻では、二歳とか三歳から音楽やってて当たり前だから。小学校から始めたら、遅くてハンデがあるねって言われるくらい。小さいころから英才教育を叩きこまれた、その延長線上に藝大があるのよ」

 柳澤さんもお母さんがピアノの先生で、子供のころからピアノを習って育ったそうだ。

「コンクールの上位常連、あるいはすでにコンサートで客が呼べる……そんな人たちが、みんな藝大を目指すわけ。だから藝大には頂点っていうか、最高峰っていうか……凄(すご)いブランドイメージがあるんだよね。本人よりも親のほうが憧(あこが)れてるケースもあったりして。自分は藝大に入れなかったから、せめて娘だけは入れたいっていう」

 壮絶な戦いであることが何となくわかってきた。ちなみに柳澤さんは結局、器楽科ピアノ専攻ではなく、楽理科に入っている。僕は理由を聞いてみた。

「断念したの」

「どうして?」

「練習しすぎで、肩を壊しちゃって……全力で弾けなくなっちゃったの」

 まるで、プロ野球選手だ。

三浪くらいは当たり前

「うん、君には才能があると思うけど、三浪は必要だろうね」

 妻が藝大彫刻科を志した時、先生にそんなことを言われたという。妻は奮起し、何とか一浪ですべり込むことができたが、美校で三回の浪人はさほど珍しいことではない。

 美校の現役合格率は約二割。平均浪人年数が二・五年。

 美校の場合は、藝大の教授にレッスンを受けるのが当たり前、という風潮はない。しかし独学が可能かというとそうでもなく、美大受験予備校に通うのが一般的だ。ここでデッサンなどの練習を積む。それはもう、三年ほどみっちりと積んで、ようやく合格圏が見えてくる。五浪、六浪の人も当然いて、同級生でも年齢が十歳近く離れていることもざらだという。

 なお、この中には「仮面浪人」も含まれる。

 例えば、私立の美大にいったん入学する。普通に授業に出ながら同時並行で受験対策も進め、藝大に合格後、私立をやめて藝大に入るというやり方だ。

「藝大って国立じゃないですか。学費が安いんです。私立に入っても二年生までに藝大に移ることができたら、金銭的にはお得なんですよ。けっこうそういう人、います」

 実際に仮面浪人して、藝大の絵画科に入った奥山恵さんの言葉だ。

“選手生命”を考えて浪人する

 音校では事情がちょっと違う。肩を壊してピアノを断念した柳澤さんによると、浪人する人は少ないそうだ。

「それは、金銭的な事情?」

「それももちろんあるけれど、もっと大きいのは時間の問題かな。卒業が遅くなったら、それだけ活躍する時間が限られちゃうから」

「……え? それって、“選手生命”があるってこと?」

「演奏家は体力勝負だもの。ハードなのよ、コンクールの前に掌(てのひら)一杯の砂糖を食べるピアニストもいるくらいだから。年とともに体力は衰えていくでしょう。入試に何年もかけたら、もったいないのよ。だったら他の大学に入って、早くプロとして活動し始めたほうがいい」

やっぱりプロ野球選手だ……。「巨人軍」にこだわるより、他球団に活躍の場を求めたほうが大成することもある。

「それから、やってるうちに先が見えてくるということもあります」

 こう言ったのは、器楽科ピアノ専攻の三重野奈緒さん。

「どこまで自分が行けるのか、自分でわかっちゃうんですよ。だから明らかに失敗してしまった場合などをのぞけば、何回も浪人するということはありません」

問題見なくていいじゃないか

 そんな受験生たちの前に立ちはだかる藝大の入試は、一体どういうものなのだろうか。

 多くの学科では実技試験が大きなウエイトを占めている。

「一応、センター試験も必要なんだよね?」

 そう聞くと妻は頷(うなず)く。

「でも、あんまり重視されないよ」

「どれくらい取れればいいの」

「科にもよるけど、彫刻では七割くらいを目指すべきみたい」

「で、何点取れたの?」

少し照れる妻。

「……自己採点では三割くらい……かな」

「…………」

「へへ」

 センター試験はマークシート方式なので、問題を見ずに適当に塗りつぶしたって二割前後は取れるはずなのに。妻は続ける。

「先輩で、センター一割しか取れなかった人いたらしいよ」

「問題を作っている人が聞いたら泣いちゃうね」

「でも、実技の順位が上から三番目くらいだったんだって。それで絵画科に合格」

「…………」

 あくまで重要なのは実技試験なのだ。ただ、合否ラインぎりぎりで実技の得点が拮抗(きっ こう)している場合は、センター試験の得点が高い方から合格になるようなので、ちゃんと勉強するに越したことはない。

「悩ましいんだよね。どこまでセンター対策するか。みんなと同じくらいには対策しておきたいし、でもできるだけ実技に時間を振り分けたいし。たまにセンター捨てた、って公言する人もいるけどハッタリかもしれないからね。なんだかちょっと、頭脳戦?のような……」

 なお、学科によってもセンターの重要度は異なり、建築科、デザイン科、芸術学科、楽理科、音楽環境創造科などでは比重が大きくなってくるそうだ。

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全音符の書き順は?

 実技試験は複数の段階に分かれている学科がほとんどで、当然ながら一次試験で落ちれば二次試験には進めない。また、学科によって異なるものの、三次試験や四次試験では筆記試験が課されることが多い。

「一次試験はほんの五分くらいの演奏で、合否が決まるの。そこで落ちたら筆記試験の勉強もぜーんぶ無駄になっちゃう。一発勝負よ」

 柳澤さんの眼差(まなざ)しは、真剣そのものだ。

「一次では半分以上、ごっそり落とされるんですよね。部屋に入るとですね、周りをずらりと教授陣が、十人くらいかな、取り囲むように座っていて、難しい顔でこっちを見ているんです。粗探しをする目ですよ。そこで『じゃ、始めて』と。緊張感ありますね」

 器楽科ファゴット専攻の安井悠陽(ゆうひ)さんは、そう振り返った。

「事前に課題曲が二十一曲与えられてまして、その中から当日に四曲かな、指定されて演奏するんです。二次試験になるとピアノ伴奏つきでこれをやります」

 試験を行う部屋の前では、受験生たちが順番を待っている。お互いにライバルであり、同じ楽器を愛する同志でもある。中にはコンクールで顔を合わせた人物もいるだろう。室内からは他の受験生の演奏が聞こえてくる……想像するだけで胃が痛くなってしまう。

 しかし音楽家たるもの、演奏は全て一発勝負だ。一発勝負に弱くては話にならない。

「試験には新曲視唱というものがあります。初見の楽譜が渡されまして、しばらく目を通して、それからその場で歌う、という試験です。いかにリズムや音階を正確に歌えるか、がカギになりますね」

 作曲科の小野龍一さんは思い返すように首をひねりながら、少しずつ続けた。

「楽譜の冒頭だけが与えられて、その続きを自分で作って書くという試験もありましたね」

 いかにも作曲科らしい試験だ。

「打楽器専攻にも他とは違うテストがあります。リズム感のテストです。1、2、3、4と口で言いながら足踏みをして、裏拍(うらはく)で手拍子するんです。一定のテンポで十秒くらいやらされますかね、それで判断されます」

 打楽器専攻の沓名(くつな)大地さんは、実際に目の前でやってみせてくれた。なんてことはなさそうなのだが、自分でやってみると難しい……。

 加えて多くの科では筆記試験がある。大きく分けて「和声」と「楽典」である。

「和声はね、音楽理論だよ。和音ってあるでしょう? いくつかの音をいっぺんに出すこと。この和音、どの音とどの音を組み合わせたら綺麗(きれい)な音になるか、どう和音を続けたら美しい音色になるか、ちゃんと法則があるの。その法則を覚えて、応用して問題を解いていく。なんかね、数学みたいな感じ。私は苦手だったな、凄くややこしいのよ」

 そう言って渋い顔をしたのは、楽理科卒業生の柳澤さん。

「楽典は音楽の文法問題ですね。楽譜を書いたり、読んだりするのに必要な知識です。そんなに難しくはありませんが、たまに凄く変な問題が出ることも……。僕が受けた年には、『全音符の書き順をこたえよ』って問題がありましたよ」

 苦笑とともに話すのは、器楽科ファゴット専攻の安井さんだ。

「えっ、全音符に書き順なんてあるんですか? 全音符ってあれですよね、数字の0みたいな……」

「はい、ちょっと潰(つぶ)れた数字の0ですね。その時はわかんなかったんですが、ちゃんと書き順があるんです。二画です」

 安井さんが手本を示す。まず上から下へ左側の半円を書き、続けて上から下へ右側の半円を書く。これで二画。

「たぶん、みんなわからなかったんじゃないかな。おかげで差がつきませんでしたけど……」

■筋肉がないと脱落

 五分の演奏で合否が分かれる音校。

 では、美校はどうなんだろう? 僕は過去問を調べてみた。

「人を描きなさい。(時間:二日間)」

 平成二十四年度の絵画科油画専攻、第二次実技試験問題である。二日間ぶっ続けではなく、昼食休憩の時間もあるため、試験時間は実質十二時間ほどだが、それでも長い。

 問題は学科によって異なるが、一次試験では鉛筆素描、つまりデッサン。二次試験では学科の専門性に応じた問題が出されることが多い。絵画科油画専攻なら油絵で何か描かせる、彫刻科であれば粘土で何か作らせるという具合だ。

 一次試験に一日、二次試験に二日といった具合に、試験は何日間かにわたって行われる。まるで、中国の官吏登用試験「科挙」だ。

 どんな様子なのか、妻に聞いてみた。

「教室に入ると、席をくじ引きで決めるんだ。部屋にモチーフの石膏像が置かれてて、それを素描するんだけど、席によって書きやすい角度とかがあるのね。私は得意な角度の席が当たったから、ラッキーだった!」

「角度によって有利不利があるの?」

「うん。かなり違うよ。ちょっとでも見やすい角度にするために、椅子(いす)の脚に少年ジャンプ挟んで座る人もいた」

「ジャンプは持ち込み可なんだ……試験時間は長いんだよね」

「うん。そのデッサンは六時間だったかな」

「長いね!」

「でも、足りないくらいだよ」

「そんなに集中が続くものなの?」

「うーん……やっぱり辛(つら)いよね。私は途中でお腹(なか)がすいて、お腹が鳴ったよ」

「どうしたの」

「トイレに行って、ソーセージ食べてた」

「…………」

「トイレにはタバコ禁止とは書いてあったけど、おやつ禁止とは書いてなかったから……」

 お肉の匂(にお)いで絶対にばれていたと思うが、藝大の試験監督はその程度なら見逃してくれるみたいだ。

「油画の入試はとにかく体力がいるんですよ!」

 絵画科油画専攻の奥山恵さんは、大きな目を見開いて言う。

「そもそも、画材を持ち込みますからね」

 一般の大学入試なら、持ち込む筆記用具はシャープペンシルに消しゴム程度だろう。しかし、藝大入試に必要な筆記用具は半端な量ではない。

 デッサンに必要な道具がカルトン(下敷き)、木炭、練り消しゴム、消しゴム(あるいはパン)……。

 油絵を描くのに必要な道具が絵の具、ペインティングオイル、ペインティングナイフ、筆数種類、紙パレット、クリーナー(筆を洗う溶液)、バケツ……。

 これらのものを予備も含めて持ち運ぶには、なかなかに大きな鞄(かばん)が必要となる。上京してくる人にとってはなおさらだ。しかし、ここでキャスター付きのキャリーケースなどを選ぶと大変なことになってしまう。

「入試当日は、エレベーターが使えないんです。そして困ったことに、油画の試験は絵画棟の五階とか六階で行われるんですよ」

 試験会場まで階段で上らなくてはならないのだ。さらに美校の教室は大きなサイズの絵を描いたり展示したりできるように、一階分の天井高が通常のビルの二階分ほどある。試験会場が六階であれば、実質十二階分、重い画材を担(かつ)いで上ることになってしまう。

「試験当日、集合場所に集まるじゃないですか。すると試験官の方が現れて、『では、ついて来てください』と言うんです。それからいきなり、軽快に階段を上り始める。いきなりみんなで耐久レースですよ。ひいひい言いながら階段を上る、上る。女の子とか途中でへたり込んでしまったり……運動不足の人は顔真っ赤にしてますね。途中で離脱してしまう人もいると思います。『ハンター試験』って呼ばれてますね」

 この試練を乗り越えぬ限り、油画の試験を受けることはできない。画材を背負って階段を上り続ける。遥(はる)か下の景色が見える。上野動物園の檻(おり)も見下ろせる。酸欠になりかけながら、前の人に遅れぬよう必死でついていく。遅れる者、倒れる者、友達同士であれば励まし合い、あるいは「俺を置いて先に行け」「お前だけ置き去りにできるか」などというやり取りが……。

「受験生はみんな真剣に、当日の荷物を少しでも軽くする方法を考えますよ。あとは、試験に備えて筋トレしたり」

 小柄で細身の奥山さんは、大変だったあ……と笑った。

ホルンで四コマ漫画を

 藝大の過去問に目を通していると、たまに首をひねりたくなるような問題文に遭遇する。

「……の状態を、下記の条件に従い解答用紙に美しく描写せよ」

 こんな表現はまだ序の口だ。

「問題一 自分の仮面をつくりなさい」

 この問題には注釈がついている。

「※総合実技2日目で、各自制作した仮面を装着してもらいます」

さらに問題の続きには、

「解答用紙に、仮面を装着した時のつぶやきを100字以内で書きなさい」

 とあり、その隣にまた注釈。

「※総合実技2日目で係の者が読み上げます」

 これらの不思議な問題の意図は、平成二十三年度建築科の問題文にある一節を読めば理解できるかもしれない。

「……しなさい。なお、この試験はあなたの構想力、創造力、表現力を考査するものであり、正解を求めるものではありません」

 何か抽象的なものを測ろうとしているようだ。

 藝大のレベルは総じて高い。音校なら演奏技術、美校ならデッサン力。そういった、いわば基礎の部分にまずは高い能力が求められる。だが、それはできて当たり前。なぜなら努力で何とかなる部分だから。

 藝大が求めているのは、それを踏まえたうえでの何か、才能としか表現できない何かを持った学生だ。「光るものを持っている」と審査する教授に思わせることができないと、合格点は得られないようである。

「音楽環境創造科には、『自己表現』って試験科目があるのよ」

 音校卒業生の柳澤さんが、同級生の逸話を教えてくれた。

「自己表現……?」

「何でもいいから、自分をアピールするの。私の友達は、ホルンで四コマ漫画をやったわ」

「えっ、どういうこと?」

「四コマ漫画を画用紙に書いて、持ち込んだの。それで一枚ずつめくりながら、ホルンで台詞(せりふ)の部分を吹いたんだって。台詞っぽく聞こえるようにね」

「……その人はどうなったの?」

「合格したわ」

「…………」

「あとね、こんな課題もあったって聞いた。鉛筆、消しゴム、紙を与えられてね、好きなことをしなさいって言われるの」

「それは何となくアートっぽいね」

「うん。私の友達は、黙々と鉛筆の芯(しん)を削り出した。それからその芯を細かく砕いて、顔にくっつけていったの」

 雲行きが怪しくなってきたぞ。

「最後に、紙を顔に叩(たた)きつけた。パーンって。紙に黒い跡がつくでしょ。それを自画像って主張して提出したんだって」

「……その人はどうなったの?」

「合格したわ」

 たとえ思いついたとしても絶対に実行できない。

 極端な例を挙げたが、個性はとても重要になる。

 例えば、平成二十七年度絵画科油画専攻の問題。

「折り紙を好きな形に折って、それをモチーフにして描きなさい」

 折り紙をどんな形に折るか、何をテーマにするか、どんな角度からどういった構図で描くか。人間性や価値観を浮き彫りにする、と言っても過言ではない問題である。

 もちろん絶対的な正解は存在せず、採点基準はつまるところ「教授の好み」になってしまう。それでも好みが偏(かたよ)らないように、審査する教授は複数存在し、それぞれがいいと思った作品に票を投じる。得票数がそのまま得点となる仕組みだ。合格ラインは年によっても異なるが、五~六割程度だという。

 それぞれが日本を代表するアーティストでもある藝大の教授陣、その半数の心を動かせるか否(いな)か。それが、藝大の入試なのである。

デイリー新潮編集部