ウクライナ南部、親ロシア派の町は今どうなっているのか? 日本人ジャーナリストの証言

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根底に「生活を今より良くしたい」という期待

 私たちはメリトポリ軍民行政長のガリーナ・ダニリチェンコ氏の記者会見に参加した。彼女は、「ウクライナ東部の不安定化に直接関与していると判断される者」として、7月5日付の日本の対露追加制裁リストに名前が載った人物である。ちなみにそのリストにおける彼女の肩書は「ロシア占領軍指名メリトポリ市長代行」となっている。

 ダニリチェンコ氏は会見で、6月12日「ロシアの日」に市内の警察署のすぐそばでゴミ箱が爆発し、15歳の女の子が重体、男性が重傷を負ったことから、「ウクライナ政権は我々がロシアの日を祝ったことを病的に受け止めている。これはキエフ(キーウ)のテロだ」と激しく非難した。

 メリトポリにおけるロシア国籍取得の手続きは5月末にスタートし、取材時点で1か月以上待ちだという。ダニリチェンコ氏は、その理由は経済的な要因が大きいと言う。

「ロシアのパスポート(国籍)がほしいという気持ちの根底にあるのは、人生を変えたい、生活を今より良くしたいという期待です。2014年以降、生活レベルが著しく下がり、失業者が増え、ウクライナ権力のもとでは将来への展望がなかった。公共料金は上がる一方で年金は据え置き、それまであったロシアとの商業的つながりは絶ち消えました。今、メリトポリから非常に多くの企業家が、ビジネスを始めるため、クリミアを通ってロシアに行っています。ロシア市場は彼らにとって大事で、以前のように国境の存在を感じずに自由に行き来できるようになりたいのです」

 メリトポリのロシアないしはドネツク人民共和国への可能性について問われると、「インテグレーション(統合)はいつ起こるか、まだお話しする段階ではない。ただ私は、それができるだけ早く起こればいいと思っている」と話した。

 最後に2つの町を振り返ってみて、個人的な感想を述べたい。私はできるだけ地元の人々と話して、その生活について知りたいと思っていたが、その点では目標は達成できなかった。ベルジャンスク到着は平日の朝8時だったため、海辺には女性ひとりしかいなかった。メリトポリでは、途中で寄った小麦畑で天候が悪化し予定が押したこともあり、ホテル前にたまたまいた男性としか話せず、それも記者会見の時間が迫っていたので切り上げざるをえなかった。誰に話しかけてもかまわないのだが、ツアー自体が何時にどこへ行くかわからないため、取材の時間配分という点ではなかなか難しい。これはチャンスがあれば次回への課題にしたい。

 いっぽう、町の雰囲気というのは、一朝一夕で形成されるものではなく、現場で感じてみないとわからないものだ。特にベルジャンスクは意外だった。ウクライナの中にこういう町があるということは、一般的な報道からでは想像するのが難しい。

 ウクライナ情勢に関しては、いくらジャーナリストを名乗っていても、今は現場に行けないことがほとんどだ。そして現場を見ないと、真偽入り混じるニュースの信憑性を考える際の判断軸も生まれてこず、全てが想像とイメージの世界になってしまう。そう思えば、「自分が見たものは片方の世界の、しかも氷山の一角だ」と自覚した上で、今回の経験を今後のニュース分析の判断材料にすることは有益だと思う。

文・撮影 徳山あすか

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