ブラジル人に成りすました「ロシアスパイ」を摘発した意外な国の情報機関 CIAも凌駕する知られざる実力とは

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 日本の公安警察は、CIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩き、数年前に退職。昨年9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、ロシアのスパイを見破ったオランダの情報機関について聞いた。

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 6月16日、オランダの情報機関・総合情報保安局(AIVD)は、ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)に潜入しようとしたロシアのスパイを摘発したことを明らかにした。

 ヴィクトル・ミュラー・フェレイラという33歳のブラジル人を装い、今年4月、ICCでインターンとして働くためオランダに入国しようとしたところを阻止され、ブラジルに強制送還されたという。

 このスパイの本名は、セルゲイ・ウラディミロヴィッチ・チェルカソフ。GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)の諜報員だった。

イリーガルのスパイ

「チェルカソフは実際に国籍を変え、ブラジル人になっていた。自分のアイデンティティーも変えたイリーガル(非合法)のスパイです」

 と解説するのは、勝丸氏。かつて公安部外事1課に所属していた同氏は、ロシアを担当していた。

「非合法スパイはロシアが得意としています。経歴もつくり変えます。大学に入り直すなど、5年から10年もの年月をかけることも珍しくありません」

 チェルカソフも、フェレイラという名のブラジル人としてアイルランドのトリニティ・カレッジや米ジョンズ・ホプキンス大学に通った。

「フェレイラが使用していたSNSのアカウントには、ジョンズ・ホプキンス大学やトリニティ・カレッジの学生が数多く繋がっていました。もちろん彼がロシアのスパイとは知らなかったということでしょう。こうやって、ブラジル人としての経歴を築きあげていったのです」

 イリーガルのスパイは、正体を掴むことが困難だという。

「ICCは3月、ロシア軍がウクライナで犯した戦争犯罪について捜査を開始しました。その際、無給のインターン200人を募集したのです。GRUはこれに目をつけ、フェレイラをICCに送り込もうとしました。潜入に成功していれば、ICCのパソコンにアクセスして捜査情報を盗み出そうとしたはずです。ところが4月、フェレイラがオランダに入国しようとしたところ、阻止されたのです」

 勝丸氏は、オランダ以外の国だったら入国できたのではないか、とみる。

「実は、あまり知られてはいませんが、オランダの情報機関・AIVDは極めて優秀。世界各国に協力者がいて、その能力はCIAを凌駕することがあります。AIVDはフェレイラが本当はどこの国の出身なのか協力者に照会、元々ロシア人のチェルカソフという男であることを突き止めました。AIVDは彼が残した文書も公開しています」

 文書は、「私の名前はヴィクトル・ミュラー・フェレイラだ」という一文から始まる。「父親はとてもフレンドリーな人物だが、驚いたことに、私は母親や叔母の死、そして自分が人生で味わった困難や屈辱を全て、父親のせいにしていることに気がついた」と書いてある。だが、これは偽の家族の物語である。調査すればすぐにウソであることがバレたはずだ。

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