米国の投資額は1兆円 それに対し日本は? 国産ワクチン開発を阻んだ“2つのトラウマ”

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 今月15日、政府の有識者会議が、新型コロナウイルス感染症への対応について検証した報告書をまとめた。緊急時の医療体制の整備に対する問題提起などとともに、国産ワクチンの実用化が進まなかった背景に「平素の疫学研究や臨床研究の体制が整備されていないこと」を指摘。「基礎研究を含む研究環境の整備」を求めている。なぜ、国産ワクチンがいち早く作れなかったのか。今後、国産ワクチンを作るためには何が必要か。新型コロナワクチン接種の現場に立った荏原太医師(医療法人すこやか高田中央病院 糖尿病・代謝内科 診療部長)が、東京大学医科学研究所、国際ワクチンデザインセンター・センター長の石井健医師に日本のワクチン政策について訊いた。

国産ワクチン開発の現状

荏原:ようやく日本でも、国産ワクチンを開発して次のパンデミックに備えようという動きが出ています。

石井:今から20年前、米国同時テロの直後に、炭疽菌が入った封筒が大手テレビ局や上院議員らに送りつけられた事件が起きたことを覚えておられると思います。バイオテロの脅威が現実になったこの事件が、欧米でのワクチン研究の潮目が根本的に変わったきっかけでした。当時、私はFDA(米食品医薬品局)の研究者で、感染症対策やワクチン開発の重要性について全米が大きく揺れたことを体験しました。

 2003年に帰国したのですが、日本はまったく空気が違いました。抗生剤が感染症を抑えるようになって、「感染症対策やワクチンは終わった話ではないか」というムードでした。ワクチンは子ども用の予防接種ばかりで、新たな領域のものを作ろうという動きはありませんでした。

荏原:その頃から石井先生は、新たな感染症に対してワクチン開発を進めるべきだと仰っていました。

石井:ええ、20年間、同じことを言っています。厚生労働省の中にも危機感を持つ人たちがいて、2007年に「ワクチン産業ビジョン」というのが出ました。ワクチンを製造する会社が国内に4社あって、国に守られているのですが、まったく世界に出ていける競争力がない。感染症研究を進め、ワクチンを輸出産業化することが大事だというビジョンでした。今、叫ばれていることとまったく一緒です。

 そのビジョンができた直後、2009年に新型インフルエンザのパンデミックが起きました。この時は1000億円以上の予算を使ってワクチンを輸入しましたが、幸運にもパンデミックが収束してワクチンは使わずに済みました。

ワクチン開発を阻む2つのトラウマ

荏原:当時、国産ワクチンが作れないのは問題だという話にはなったわけですね。
 
石井:4社に2百数十億円を配って工場を作らせました。2社は高病原性鳥インフルエンザのワクチンを製造しましたが、1社は政府の要求数量を作れずに違約金を払い、もう1社は結局、作らずに契約を返上して予算を返金しました。これが強烈なトラウマになっているのです。

 細胞培養で何千万人分ものワクチンを作る工場は今もあります。今回、もしパンデミックが高病原性鳥インフルエンザだったら大当たりだったのかもしれませんが、新型コロナには一切役に立ちませんでした。また、通常の季節性インフルエンザのワクチン製造にはこのラインは使えない契約になっており、製薬会社にとっては重荷になっています。

 もうひとつのトラウマが、いわゆる子宮頸がんワクチン(ヒトパピローマウイルス感染症ワクチン)です。メディアによって副反応の報道が繰り返し出されたことで社会問題化し、定期接種が止まりました。先日、復活するまでに8年もかかりました。

 結局、こうしたトラウマがワクチン開発を阻む重荷になっています。多くの業界がそうなのですが、ワクチン業界に至ってはワクチン禍が10年ごとに起きるものだから、絶対に失敗は許されないというムードになります。もちろん、ワクチンは安全性が第一なのですが、当然リスクもある。製薬企業にとっては、失敗が絶対に許されないということで、旨味の少ない、投資すべきでない世界になっていたのです。

 そんな中で、今回の新型コロナウイルス対応で、アンジェスや塩野義製薬がワクチン製造に取り組みました。思うように治験が進まなかったり結果が伴わない、などのトラブルはありましたが、果敢に挑戦したことをよくぞやったと褒めるべきです。

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