米国の投資額は1兆円 それに対し日本は? 国産ワクチン開発を阻んだ“2つのトラウマ”

国内 社会

  • ブックマーク

中国のワクチン開発が早かった理由

荏原:ところで、日本は世界に比べて新型コロナによる死者が少なく、いわゆる「ファクターX」があると言われました。先生は何だと思いますか。

石井:ファクターXは「教育」ではないでしょうか。今回はっきりしたのは、ワクチンや医薬品より、公衆衛生が重要だということ。手を洗う、マスクをする、換気をする。それを当たり前のこととしてやっていたのは日本ぐらいです。日頃からマスクをし、手洗いをすることが習慣になっていました。

荏原:100年前のスペイン風邪の頃からの公衆衛生教育の遺伝子のようなものが社会に残っていた、ということですね。ところで、日本の新型コロナ対応は後手後手に回ったと批判されました。政府のリーダーシップが足りない、司令塔がない、とだいぶ指摘されましたが、どうお考えですか。

石井:今回の日本の戦略は「急がば回れ」で、「石橋を叩いた」ということでしょう。それが良かったかどうかは検証が必要ですが。世界の接種動向と効果や副反応の状況を見て、タイムラグをあえて作った。批判は浴びましたが、仮にワクチンに不備があって取り返しがつかない事態になることは回避した。逆に、感染症がもっと深刻で、何百万人もがバタバタと死ぬようなものだったら、失敗ということになったかもしれません。

 中国には「拙速は巧遅にまさる」という言葉があるそうです。まさに中国のワクチン開発はこれでいき、世界中に売りまくりました。その後、効果が今ひとつということで、ファイザーなどに切り替えた国もありますが、最初は多くの国が頼ったわけです。

荏原:しかし、なんで日本はこんなに時間がかかる国なのでしょうか。

石井:欧米中露は「OODAループ」で物事を進めたと言われます。「O=オブザーブ(Observe)=観察」「O=オリエント(Orient)=方向づけ」「D=ディサイド(Decide)=決定」「A=アクト(Act)=行動」です。対義語は「PDCAループ」、「P=プラン(Plan)=計画」、「D=ドゥー(Do)=実行」、「C=チェック(Check)=評価・標準化」、「A=アクション(Action)=改善」です。OODAにはチェック=評価・標準化のプロセスがないわけですから、スピードが早くなります。平時はPDCAでもいいのですが、緊急時はOODAでないと対応できないわけです。

荏原:なるほど、戦時モードということですね。

石井:OODAがうまく回るのは、事前に準備をしておくからです。戦争が始まってから戦闘機を作るようなことはしないわけですね。今回、日本が遅かったと言われるのは、準備をしていなかったということに尽きます。

荏原:Dの決断もだいぶ違いがあったように思います。

石井:決定的な差は投資額でしょう。2020年3月、当時、米国のトランプ大統領は「1兆円出すからすぐにワクチンを作れ」と言って5社に指令を出し、同時に全て買い取ると約束しました。一方、同じタイミングで日本の安倍晋三首相は「すぐにワクチン作ろう。100億円出す」と言いました。さらに、アベノマスクに付いた予算は400億円でしたので、私の酒量が一気に増えましたね。また、その100億円は日本医療研究開発機構(AMED)に出され、そこが部門作って、ディレクター決めて、プロジェクトの公募要領を決め、公募して、審査して、結局、100億円を20プロジェクトに分けました。まさにPDCAです。その頃には欧米では臨床試験が終わりかけていました。

 これは安倍元首相が悪いのではなく、そういう風土。日本は失敗が許されない国なんだと痛感しました。成功が喜ばれるのではなく、失敗が許されないです。

次ページ:なぜ“国産”でないとだめなのか

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。