米国の投資額は1兆円 それに対し日本は? 国産ワクチン開発を阻んだ“2つのトラウマ”
「子宮頸がんワクチンの轍は踏まない」
荏原:ワクチン接種の現場に立っていて、「本当にメッセンジャーRNA(mRNA)のワクチンは大丈夫だろうか?」と当初は思いましたが、重症化を予防する効果が分かってきて、私たちの病院でも一気に進めることにしました。我々医療従事者ですら不安に思ったくらいですから、国民に納得してもらうためには、政府や国の機関が情報を正しく伝え、疑問に答えることが大切だと痛感しました。それでも、病院には「ワクチンのリスクを知っているのか?」といった匿名の手紙がワクチン反対派から来ます。
石井:子宮頸がんワクチンの時は、マスメディアの副反応報道が一方的だったという罪があるとしても、それに対して学会や専門家が黙ってしまったという罪もありました。今回、ワクチン学会では、「子宮頸がんワクチンの轍は踏まない。ただし、(積極接種の)プロパガンダはダメ」という方針を決めて臨みました。理事で担当を分けてメディアに積極的に問いかけたのです。にわか勉強の自称専門家の先生がテレビにたくさん出てこられたので、これはマズいという思いもありました。学会として毎月のように見解を出して、予防的に訴えたのですが、今回はそれで国民の理解もだいぶ進んだのではないかと感じています。
荏原:口伝てにワクチンは怖いという話が広がると、接種を忌避する人が増えます。日本にはワクチンを忌避する国民性のようなものがあるのでしょうか。
石井:突き詰めて考えると教育なのです。何事にもリスクとベネフィットがあり、サバイブするために自分自身で考えて選択することが大事だ、ということを学ぶべきでしょう。
まさにワクチンはそういう話です。リスクの後ろにベネフィットがあることを分からないとリスクだけを見て忌避をする。こうしたリスク・ベネフィットの教育を小さい頃からやることが重要だというのが、この15年考えた結論です。大学生からでは遅いのです。
リスク・ベネフィットという考え方
石井:今回、新型コロナでは、ありとあらゆる局面で、このリスク・ベネフィットを議論せざるを得なかった。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を出すかどうか、学校行事をやるかどうか、酒を禁止するかどうか。自治体や政治家によって目線が違っているのが国民には見えたのではないでしょうか。
荏原:しかし、リスクとベネフィットを天秤にかけるというのは難しいですね。
石井:ええ。5歳から12歳の子どもにワクチンを打つかどうかと、60歳以上に打つかどうかは、天と地ほど意味が違います。死亡率だけではなく、子どものその先何十年の人生を考えると、リスクをどう見るかは難しい。また、同じ5歳でも、家に病気の高齢者がいる家庭といない家庭では、リスク・ベネフィットがまったく違います。一律に「打ったほうがいい」「やめたほうがいい」と断言できる医者のほうが信用できません。
今、危ういと思うのは、「有名なユーチューバーが言ったから、それで接種をやめた」というような行動を大人たちが取っていること。是非ともSNSに影響されずに自分で考える力を身につけて欲しいと思います。
荏原:どうすれば良いのでしょうか。
石井:私は歴史から学ぶことだと思います。ワクチンには200年の歴史があります。エドワード・ジェンナーの天然痘ワクチン(種痘)の時の話を書いた民俗学者の本があります。ジェンナーのワクチンは数年で日本にも広がりますが、欧州で普及するのに100年かかった。なぜか? イタリアの尾根を挟んだ2つの村で、一方では種痘が普及し子どもは死ななかったのに、もう一方では牧師が悪魔の産物だと言って打たずに子どもが死んでいた。それでも牧師は、子どもたちは神に召されたのだから悲しむなと言って、それが何十年も続いたそうです。
この時の人々の対応は、まさに今の世界で起きていることと同じです。どちらが良いと言うのではなく、社会の深遠な課題。群衆の心理は200年前も今も変わりません。
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