56年前の「自白」音声テープを供述心理学の第一人者が読み解く【袴田事件と世界一の姉】

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事件を犯人として体験していないことが明らか

 浜田氏が「真犯人ならありえない供述」と分析したA4版400ページの鑑定書分析の鑑定書を弁護団が東京高裁に提出したが、大島隆明裁判長は、自分の結論に沿うように「つまみぐいした」かのようだと批判し、証拠採用しなかった。昨年5月に兵庫県伊丹市で行った浜田氏へのインタビューを一部再現する。

――一審の静岡地裁は供述調書45通(警察28 検察17)中、44通を「任意性がない」と証拠排除し、吉村英三検察官の調書1通だけを採用して有罪にしました。排除はまっとうに思えますが。

浜田:地裁は自白調書を全部排除したら有罪判決が書けないので、1通だけ残した。吉村検事は「警察と検察庁は違うのだから警察の調べに対して述べたことにはこだわらなくていいと言った」と公判証言していますが、自白した後の検事取調べの録音テープは全くない。それに検事取調べもまた清水署で相前後して行われており、警察の調べが影響していないはずはないし、実際、自白内容を見れば明らかに相互影響関係がある。白紙から取調べたように言うのは真っ赤な嘘で、偽証だ。

 排除はまっとうに見えるし、司法手続き上も問題はない。しかし排除された自白調書を分析すれば、袴田さんがこの事件を犯人として体験していないことが明らか。私はこれを「無知の暴露」と呼びますが、残念ながらこの自白調書が証拠排除されれば、検討対象にならなかった。

――松本久次郎警部と岩本広夫警部補らが巖さんを自白させた9月6日まで20日間の取調べは、冷房のない部屋で1日平均12時間以上に及ぶ過酷さです。

浜田:この時点での「証拠」は「犯行時に着ていたとされるパジャマに他人の血がわずかについていた」という点だけ。科警研の鑑定では「血痕が微量過ぎて鑑定不可能」というもの。逮捕当時、袴田さんは元気で「それじゃ、俺がやったって誰が言うの? あんたがただけじゃないの」などと言い返した。松本らは「パジャマに血がついている」と、あの手この手で攻める。「リングに上がって、な、あの勝ち名乗りを受けた時の気持ちになりなさい」「な、男だろ、それ(鑑定書)に書いてあれば、な? お前さんの負け、書いてなけりゃ俺の負けだ」などと言い、刑事らは鑑識課員作成の鑑定書を手に「パジャマに他人の血がついていなければ俺の首をやる。逆に他人の血がついていればお前の首を取る」という奇妙な賭け事にした。屈しない袴田さんに「もうな、謝罪しなさい。な、袴田、やってしまった以上、しょうがない」。岩本は「あれだ。(聴取不明)自分の頭の中、整理しといて……」としつこい。袴田さんはほとんど語らない。岩本は「な。袴田や、間違いないな。なぜ迷うの、女々しい」などと畳みかける。

――取調官は袴田さんを騙しているのでしょうか?

浜田:彼らに騙しているつもりはない。しかし、自白後の供述は矛盾だらけなのに、それを変だと思わない。自白では犯行時にパジャマを着ていたはずなのに、裁判が始まると翌年には5点の衣類が「味噌樽から見つかった」とされ、犯行時着衣がこの5点の衣類に変更され、判決でも確定した。当初の取調官はまるでお門違いの「犯行時着衣」を前提に袴田さんを自白に落としたわけで「おかしいな、この男、やってないんじゃないか」と思って当然なのに、確定判決はその疑問に目をつむる。取調官たちは「袴田は無実かもしれない」とは寸分も考えない。

 9月4日、取調18日目の深夜、松本警部補は袴田さんをトイレに行かせず、トイレを部屋に持ちこむ音も聞こえる。9月5日は取調19日目。「袴田泣いてみろ、ほら、すっとするぞ」「申し訳なかったと。俺は聞きたいよ」「わかったか、袴田。わかるな、袴田、わかるか、わかるな、言ってることわかるな……」などと説教が朝から深夜まで延々と続く。

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