キーウ市長、ボクシング世界王者時代に見せた不屈の精神 4年間のリハビリ…復帰戦で世界王座を奪回(小林信也)

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 ウクライナのクリチコ兄弟はボクシング界で一時代を築き、いまもファンに深い印象を刻み続けるレジェンドだ。兄弟同時に世界ヘビー級王者に君臨もした。その兄こそ、現キーウ市長のビタリ・クリチコだ。

 5月1日、共同通信は次のように報じた。

〈ウクライナの首都キーウのビタリ・クリチコ市長は4月30日、共同通信など一部メディアの取材に応じた。一度は周辺から完全撤退したロシア軍について「キーウを占領する計画がまだあると確信している」と警戒感を示した。避難を続ける市民に「状況はとても厳しい。まだ戻らないでほしい」と訴えた〉

 クリチコ市長はキーウにとどまり、故郷を守り続けている。その勇敢さは日本でも報じられている。ファンにとって現在の彼の姿には特別な感慨が重なる。

 最も印象的なのは2003年6月21日、WBC&IBO世界ヘビー級王者レノックス・ルイス(イギリス)に挑戦した一戦だろう。

 40勝(31KO)2敗1分のルイスと32勝(31KO)1敗のクリチコの対決は序盤から重く激しいパンチの応酬となった。一発の有効打で優劣が入れ替わる、予断を許さない展開。幕切れは突然だった。左目に深い傷を負ったクリチコが6回終了時、ドクターから試合を止められ、ルイスのTKO勝ちとなった。納得のいかないクリチコはリング上で激しく抗議を続けた。勝者はルイス。だが、クリチコが雄叫びを上げると、場内は大歓声に包まれた。クリチコもまた多くのファンの心をつかんだ。

 ルイスはその防衛を最後に王者のまま引退。クリチコは再戦を求め続けたがかなわなかった。

「それほどルイスにとってビタリは“危険な相手”だったのです」

 そう話すのはWOWOWでこの一戦の解説も務めた国際マッチメーカーのジョー小泉だ。「負けるリスクが大きければ勝負を避けたい、それは当然です」

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