人生を変えた味覚の変化 登山後に飲んだビールが「人生最高の味」(中川淳一郎)

  • ブックマーク

Advertisement

 昔は大好きだったのに食べられなくなってしまったものってありませんか? 私、昔はアメリカンドッグ、フランクフルトソーセージ、皮なしウインナー、ハムの類の加工肉が大好きだったのですが、今はもう食べられなくなってしまいました。

 メーカーの方への他意はないのですが、舌が変わってしまったんですよ。よくあるじゃないですか、「昔はサシの入った牛肉が好きだったけど、今はもう食べられない。赤身を求めるようになった」みたいな話。これと同じことだと思ってください。

 先日、コロナ規制をニューヨーク市が解除した、というニュースを見ていたらホットドッグ屋が映っていました。これを見て、10年ぶりにホットドッグを食べたくなり、近所の店でチリビーンズドッグを買ってみたのですね。うひょーっ、ウマそう! とかじったのですが、ぶっといフランクフルトソーセージがどうにも自分の口には合わない。結局、フランクフルトを外し、まさかの「チーズチリビーンズタマネギキャベツロール」のようなものを食べる結果となりました。

 恐らく一生この手のものは食べられないと今回悟ったわけですが、それとは逆に、食べられるようになったものもあるので、人生は常にプラマイゼロなのだなぁ、と感じる次第であります。その最たるもの二つのうち、一つが豚のバラ肉です。

 脂分が多いため、敬遠していたのですが、東京・乃木坂にあった「豚組 しゃぶ庵」に行って薄く切ったバラ肉を食べてそのおいしさにズキュンと撃ち抜かれ、以来、豚バラ肉は大好物になりました。肉巻きアスパラやらだけでなく、今やちゃんぽんを作る時も豚バラを使うようになりました。最初にフライパンや中華鍋で弱火で炒め、油を抽出し、そこに野菜を投入! 自家製ラードが良い味をスープに加えてくれます。

 もう一つの最たるものが、ヒドい時は1日に8リットル飲むこともあったビールですが、そのおいしさに目覚めたのは大学2年生の夏・21歳になる直前です。それまで、ビールについては「苦い飲み物だな。なんでオッサンはこんなもん飲むんだ。カルーアミルクとカルピスサワーの方が圧倒的にウマいだろ、エッ!」などと思っていたのですが、この考えが100%吹っ飛んだ。

 私は登山サークルに入っていたのですが、槍ヶ岳を目指すべく餓鬼岳→燕岳を経て槍ヶ岳山荘に向かったのです。餓鬼岳というのはこれまでの登山人生史上最高の悶絶山で、我々のパーティーはヒーヒー言いながら山頂を目指しました。そうした難所を経て槍ヶ岳山荘にテントを張り、明朝、槍ヶ岳を目指すぜ! という時に、先輩の福島さんが「よし、お前たちよく頑張った! ビールをおごってやる!」と、通常よりもかなり値段の高いアサヒスーパードライを我々後輩7人におごってくれたのです!

 この時、カラカラの喉に流し込んだ冷たいビールのおいしさは、「人生最高の味を教えろ」といったお題を与えられたらこれを挙げるしかないレベル。以後私はビール偏愛人生まっしぐらになったわけで、福島先輩のあの時の優しさが見事なまでに私の堕落・アホ人生に繋がったのでした。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2022年3月24日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。