貧困家庭育ちの42歳男性 “愛よりカネ”で上司の娘と結婚も、捨てた恋人からの告白にぼう然

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突然現れた彩菜さん

 5年ほど前のことだ。会社の受付から客が来ていると連絡があった。

「受付まで行くと、彩菜と彼女の妹がいました。彩菜は男の子の手を引いていた。あわてて会社を出て近くの喫茶店へ行くと、妹と子どもを別の席へ行かせてから、彩菜が『認知してほしいの』といきなり言ったんです。あの子はあなたの子だからと。そんなこと言ってなかったじゃないかと言ったら、『私が話そうとしてもあなたは逃げたでしょ』って。別れを告げたあと、彼女は妊娠に気づいた。僕に言おうとしても連絡がつかない。悩んだけれど産むことにし、実家近くの薬局で働きながら育ててきたと」

 もうじき小学生なのと彩菜さんは言った。盗み見るように子どもの顔を見ると、自分でも「似ている」と感じたという。念のためDNA鑑定をしてもらいたいというと、彩菜さんはもちろんと言った。そのとき彼は、当時、自分が岐路に立っていたこと、選択しなかったほうの道を選んだら、この子と彩菜さんと3人で暮らしていたのだと思い至った。その生活は今より楽しかったかもしれない。

「それよりいきなり別れを言い出されて、妊娠に気づいた彩菜の不安がどれほど大きかったかにすぐ気づきました。申し訳ない。テーブルに頭をこすりつけるようにして謝りました。すると彩菜が『謝罪ってそうやってするものなの?』と言ったんです。『本当に申し訳ないと思っているなら土下座くらいするんじゃないの』と低い声で脅すように言いました。彼女の怒りは言葉にできないくらい大きなものだった、とまた改めて気づいて。土下座しようとしたけど、社内の人間がいるのが見えたんですよ。土下座はできなかった。『わかった。DNA鑑定については、あとで弁護士から連絡してもらうから』と彩菜は言いました。3人が出ていくとき、子どもが僕のほうを振り返ったんです。ああ、息子なんだなと実感した。思わず追いかけていって抱きしめようとしたら、彩菜に手を振り払われました」

 その後、DNA鑑定で父子関係は99パーセント以上と出た。黙って認知したあとで本籍地を移せば、新たな戸籍に認知の記載はついて回らない。そうしようかとも思ったが、それは専務である義父と妻を裏切ることになる。数ヶ月、悩み抜いた末、彼はまず義父に話をしようと決めた。

「話があると言ったら義父行きつけの小料理屋を指定されました。個室に入ると、義父がいきなり『岳くん、長かったけどよくがんばった。おめでとう』って。何の話かわからなくてあたふたしていると、『照れるなよ、きみもおとうさんになるんだから』と。彩菜のことがバレたのかと身の縮むような思いでした。『まだまだ不安定だから、由紀子のこと、頼むよ』というんですよ。どうやら由紀子が妊娠したらしい。だけど僕は由紀子とはしていないはず。バイアグラの力を借りてなんとかできたことはあったかもしれないけど、それがいつのことか僕自身も覚えていないくらいだった」

 義父は「きみの話というのもこのことだろ」と陽気にはしゃいでいる。別の子どもの認知についてとはとても言えなかった。

 帰宅して「お義父さんに聞いたよ」と言うと、由紀子さんは「ほら、2ヶ月前のこの日よ。あなた、ちょっと酔っていて、でも薬飲んでがんばってくれたじゃない」とこちらもはしゃいでいる。そんなはずはないと岳さんは心の中で思った。その週は出張で自宅にはいなかったからだ。仕事なら些細なことも忘れないという自負があった。だが、オレの子じゃないよねとはやはり言えなかった。岳さんは妻や義父に黙って彩菜さんの子の認知をし、本籍地をこっそり現住所に移した。それまで実家のあったところを本籍地にしたままだったのだ。

「その子はオレの子じゃないんだろ」

 由紀子さんは40歳にして初産となった。流産、早産の危機を乗り越えて難産ながらもようやく産んだのが、これまた男の子。義父母はもとより親戚までもが大喜びしてくれた。自分には似ていないと思った。そして「彩菜の子はこんなふうに歓迎されたのだろうか」と岳さんは気持ちが沈んでいった。

 ちょうどそのころ義父が70歳を迎えて会社を勇退した。取締役だったから定年はないのだが、同い年の社長のワンマンぶりが加速し、ほとほと疲れたようだった。社長は自分のイエスマンを専務に引き上げた。それを機に社内では岳さんへの社長派からの風当たりが強くなった。岳さんは認知してから子どもの養育費を多めに彩菜さんに振り込んでいたのだが、給料の使い道に疑問を抱いた由紀子さんから問い詰められ、とうとう彩菜さんのことを白状してしまう。

「由紀子が泣いて怒ったので、思わず『その子はオレの子じゃないんだろ』と言ってしまいました。由紀子はその日のうちに実家に戻り、義父からはどういうことか説明してほしいと電話がかかってきて……。義父に会ってすべて打ち明けました。そして由紀子が産んだ子とDNA鑑定をしたのですが、なんと僕の子でした。僕が勘違いしていたらしい。ひたすら謝りましたが、他に認知した子がいること、由紀子が浮気したと思い込んだこと、そしてそれらをきちんと言わなかったことを、どうしても許せないと言われました。その結果、僕は広い2LDKでひとり暮らしているわけです」

 この1年、彩菜さんに「やり直そう」とすがりついたこともある。だが彩菜さんからは「産まれたことを歓迎もしてくれなかった人を、父親と呼ばせたくない」と言われた。由紀子さんももちろん「離婚する」の一辺倒。

「あと1ヶ月ほどで会社も辞めます。この先どうするかはまったく考えていません。母は生きているようですが没交渉ですから、今さら実家にも戻りたくない。再就職先を見つけなければと思ってはいます。ただ、今は活動する気力がなくて」

 なにをやってんだ、オレは。毎日そう思いながら生きているだけだと彼は言った。ふたりの女性とふたりの息子を傷つけ、のうのうと生きていたこの10数年をどう反省すればいいのかわからない。彩菜さんと出会う前に戻りたい。彼は絞り出すような声でそう言った。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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