宇良を襲った悲劇 相撲協会は相次ぐ事故をなぜ放置するのか

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大事故さえ懸念

 大相撲初場所2日目の宇良(うら)対正代(しょうだい)戦。宇良がバックドロップのような体勢で後頭部から土俵下に落ちた瞬間、心臓が凍りそうになった。土俵に両足を上げた恰好で倒れた宇良の脚が少しの間動かず、その間は大事故さえ懸念した。やがて宇良の身体が動きだしたが、様子はおかしかった。勝った正代が心配そうに見つめる中、宇良は礼儀を重んじる力士の責任感からだろう、何とか起き上がろうとした。【スポーツライター/小林信也】

 しかし、近くにいた勝負審判も駆け寄った呼出しも、脳震盪を起こした可能性の高い宇良を強く制することはなかった。こんな時は、「動かさない」が鉄則ではないか。結局、宇良はよじ登るようにして土俵に戻る。歩く姿はふらついて、誰の目にも意識が通常でないことが明らかだった。

 そもそも、宇良は落ちたその場所から直接土俵によじ登ったのだが、そのような無粋な光景をいままで見た記憶がない。力士は必ず上り段から土俵に戻るのが習わしではないか。運悪く、落ちた場所が上り段の少ない正面側だったとはいえ、咄嗟によじ登ったこと自体、宇良の思考が通常ではなかった証ではないだろうか。

 東方に戻り、お辞儀をしようとしてふらついた宇良を呼び出しが支え、ようやく救護する流れになった。こうした不測の事態が起こったときの救急対応について、安全教育を徹底し、対応の方法を共有してほしいと強く感じた。礼儀は大事だが、ケガが起きた時に優先すべきは「力士の安全」であるのは言うまでもないだろう。

「土俵の周りがすごく狭い」

 土俵際でもつれることは、通常の相撲で大いにありえることだ。それなのになぜ、宇良はこのように危険な体勢で土俵下に落ちたのか。かつて、アマチュア相撲の指導者から聞いた言葉が頭に浮かんだ。

「大相撲の土俵は狭いんですよ」

 えっ、と思った。土俵の広さは同じではないのか。訊き返すと彼は改めてこう言った。

「いえもちろん、丸い土俵の大きさは同じなのですが、土俵の周りがすごく狭いのです」

 確かに、言われてみれば、大学相撲やわんぱく相撲など、アマチュアの大会の舞台となる土俵の周りはもっと広いような気がする。

「大相撲は興行ですから、見栄えがいいよう高く狭くしてあると聞いています。観客にできるだけ近い場所で見てもらう目的もあるのでしょう。狭い方が観客もたくさん入れますしね」

 プロもアマも土俵自体は同じ直径4メートル55センチ(15尺)の円だが、その周りを囲む四角い土の部分、いわば舞台のスペースが大相撲では1辺6メートル70センチと規定されている。数字を差し引くと、最も狭いところでも土俵際から1メートル以上余裕のある計算だが、6メートル70センチは、台形状に土が盛られた底辺の長さ。だから、台形の上辺、つまり「土俵上」のスペースはかなり狭くなる。目視で言えば、徳俵のある四辺の中央部分は、徳俵から土俵際の俵まで一足分の長さもない。

 宇良が落ちたのは徳俵のすぐ右側だから、後ろ向きに倒れたらせいぜい腰のあたりまでが土俵上で、背中は土に着くことなく後方に投げ出される恰好になる。真っ逆さまに後頭部から転落するわけだ。

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