脳死状態で生まれた娘を10年育てた父親 今も不信が募る病院や医師の対応、そして苦悩の日々を告白

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「マスコミには言わないでください」

 当時のことを思い出せば、過去に引き戻されてしまいかねないのだろう。孝さんの口調には、努めて冷静さを保とうとする様子がうかがえる。

「私は、先生が判断したことなのだから仕方がないと思っていたのですが、妻は逆でした。妻がいろいろ資料を集め出して、弁護士に相談に行くことになったのです」

 その後、孝さんと美琴さんは、彩名さんを出産した医療機関と面談を重ねた。

「どうせ知識などないのだし、すべて仕方ないと思っていた私も、段々と物事を知ることで不信感が募っていきました。ある日、私たちから責任を問いただされた若い担当医が、突然、涙を流しながら詫びはじめたのです。泣きたいのはこっちです。その帰りのことですが、事務の方に『マスコミには言わないでください。大事な若手の医師なので』と言われたんです。自分たちの体裁しか考えていないんだな、そう強く感じたことを思い出します。その後しばらくすると、彩名の分娩に関わった主治医、助産師、看護師たちが精神的に不調をきたしたという理由で、私はその方たちとの面談の機会を奪われました」

 2012年1月、孝さんは彩名さんが出生した分娩機関の提訴に踏み切る。しかし結果は、一審敗訴。孝さんは振り返る。

「もちろん控訴しました。私が一番疑問に思っていたのは、医療介入するのが遅かったのではないかということ。当時、スタートして間もない産科医療補償制度に申請していたのも、原因分析が行われると聞いたからでした。原因分析によって、彩名がどうしてこうなってしまったのかわかると思ったんです」

 産科医療補償制度とは、過失によるものか無過失かに関わりなく、重度脳性麻痺になった子どもに対して一律に補償金が支払われるというもの。補償対象の子どもが麻痺となった原因分析も行われるため、産科医療の発展にも寄与するとされている。

「人工呼吸器が必要な重度脳性麻痺児だったので、対象になるとは思っていました。予想通り補償対象となり、原因分析も行われました。それは裁判所にも証拠資料として提出しました」

 原因を分析したその資料に、こんな一節があった。

《胎胞が発露した際、助産師が医師の立会いのもとに人工破膜を行ったことは選択肢のひとつである。急速遂娩(註・分娩を早めるための医療的措置のこと)が可能な状況で努責(註・いきむこと)を促しながら経過をみたことについては当該分娩機関の判読の通りだとすれば一般的ではないが、家族からみた経過の通りだとすればこの時の胎児心拍数パターンは判読が難しいことからやむを得ない》

 難解で要領を得ない文章だが、読解すると、医療的措置をとらずに自然分娩を促したのは対応として一般的ではなかったと認めつつ、仮に家族の主張通りだとしてもこの時の胎児心拍モニターは判読が難しいから「やむを得ない」との結論を導いている。これなら医師に責任はない、ということになる。

 また「医師の立ち会いのもと」のくだりに関しても、孝さんは「医師は立ち会っていなかった」と言う。医療行為の現場に医師が不在ということになるので、孝さんが言うことが正しければ、病院の責任問題にもなってくる。

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