脳死状態で生まれた娘を10年育てた父親 今も不信が募る病院や医師の対応、そして苦悩の日々を告白

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募る不信感

 さらに、孝さんら家族にとってあまりに不誠実な事実が明るみになる。産科医療補償制度では、原因分析は一度きりで再度は行われないと謳っている。だが、病院側の要請によって再度の原因分析が行われ、新情報が追記されたのだ。しかもそれは、やはり医師らの責任を認めるものではなかった。

「公判の日に、2度目の原因分析が行われていたことを知ったのです。驚きました。その文面に『母体心拍の可能性も否定できない』と追記されていたのです。つまり、病院としてはこう言いたかったわけです。モニターで胎児心拍ではなく、母体心拍を取っていたかもしれないから見落としではありませんよと。それで判決が変わったかのどうかまではわかりませんが、ただでさえ不信感を抱いている病院ばかりか、制度を運用している日本医療機能評価機構にも不信の念を抱くことになりました。障害を持つ子どもの負担を軽くするという理念に反してはいないでしょうか。少なくとも患者のことを考えていないのではないですか」

 再分析が行われた事実、そしてその内容を、孝さんは公判で初めて知った。本来なら結果は、双方に通知するのが一般的である。それが病院側にしか通達されなかったのだから、孝さんの不信も当然だ。その後しばらくして、孝さんのもとに再分析の通知が届いたのだという。

 孝さんはその後、再分析が行われ、かつそれが通達されなかった理由を、日本医療機能評価機構に質問したが、「さらなる産科医療の向上のため」という回答のみで、納得できる内容ではなかった。

 二審も厳しい結果となり、原因も責任の所在も不明のまま残された。

「医療介入するのが遅いのが原因なんじゃないか――そういう思いは強くあります。でも、病院側は『はい、そうです』とは言いません。万が一の場合に備えたつもりで総合病院を選んだ意味はあったのか、自然分娩にこだわる必要があったのか……。最も驚いたのは、妻から聞いたのですが、分娩に関わった助産師から退院前に『赤ちゃんが元気になったら教えてください。私の伝説にしますから』と言われたこと。常識を疑う発言で絶句しました。瀕死の状態で生きる我が子を、まさか“自分の伝説に”って、医療者として正しい教育を受けているのでしょうか」

 孝さんに追い打ちをかけるような事態は続いた。先にも触れたように、孝さんが病院側に話し合いを求めても拒絶され、医師にもスタッフにも会えなくなったのだ。

「我が子が重度障害を負ったというだけで精神的に限界でした。さらにこの仕打ちです。もう死んでしまいたい、そう強く思いました」

 医療裁判は、医療機関や医師側の明らかなミスが立証されない限り、なかなか勝訴するのは難しい。産科は他の科にくらべ、事故やトラブルが裁判に至るケースが圧倒的に多いという。本来なら幸せに満ちていたはずの出産。だからこそ、それが実現しなかった際の落胆は強く、悲嘆は深い。原因究明を求め、時に処罰感情が芽生えるケースが多いというのもうなずける。だが、脳性麻痺に関わる裁判は、その原因が不明である場合が多く、誰も幸せにならないことがほとんどだ。

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