「失敗しない」と豪語する医者に診てもらってはいけない 臨床医の本音

社会2018年1月19日掲載

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失敗しない医者は名医なのか

「私、失敗しないので」

 お馴染み、大ヒットドラマ「ドクターX」の決め台詞である。

 どうせ医者にかかるなら、あんな名医に診てほしい。手術で失敗しない人がいい。そう思うのは人情だろう。

 しかし、現実の場面では、そんな医者は避けたほうがいい――そうツッコミを入れているのは、臨床医の里見清一氏である。日々患者と向き合っている立場から、歯に衣着せぬ医療論を書き続けて根強いファンを持つ里見氏は、新著『医者の逆説』のなかで、こんな風に書いている(以下、引用は同書より)。

「『私は失敗しない』と、ドラマで聞いたような台詞を豪語する医者が本当にいたら、その人にかかるのは止した方が良い。そのセンセイは、自分の失敗に気がついていないだけだ。そして本当に『失敗』したことがなければ、何かあった時にリカバリーができずに致命傷になる」

 そもそもいかに本人が「失敗」をしなくても、他の要素で「失敗」は一定数起きるものだという。

「手術の時に使う止血鉗子は、『飛行機が落ちるのと同じくらいの確率』で折れるのだそうだ。医者にはミスがなくとも、これが折れて外れたら大出血になる」

 そうしたアクシデントを処理した経験があるかどうかは咄嗟のときには大きいだろう。

財前五郎はどう考えているか

 論理的に考えれば、ミスは一定の確率で起きる。もちろん「あってはならないミス」もあるだろうし、それに当たってしまった患者からすれば納得いかないことなのだが、それでもゼロにはできないのだ。

「今や病気は『治って当たり前』と思われる時代になり、『幸福な』医者―患者関係では、医者は文字通り『間違えてはならない』ところまで期待値が上がった。だがそんなことは現実にはありえない」

 難しいのは、医者がそういう事情を正直に言うことが、患者との信頼関係に役立つわけではない、という点だろう。里見氏は別のドラマ「白い巨塔」の例を挙げてこう述べている(なお、里見氏のペンネームはこのドラマに登場する医師から取られている)。

「2003年のフジテレビドラマ『白い巨塔』序盤で、良心的な内科医里見脩二が診断した膵臓癌の患者を診察した外科医財前五郎が、患者と家族に『自分が切るから絶対に大丈夫』と大見得を切る場面がある。

『絶対大丈夫、なんて、無責任だ』と気色ばむ里見を、財前は『そもそも、治せないかも知れないなんていう医者に、自分の命を預ける患者がいるのか』と一蹴する。

 それで治ってしまえば、患者も家族も、余計な心配をせずに済んで、ハッピーである。財前先生は100%正しいことをしてくれる。そう信じていればよい。

 しかしいつか財前にも、『絶対、ということはないのだ』と白状しなければいけない時が来る。その時、それでも患者の信頼を失わずに診療を続けるにはどうしたらいいか」

 ドラマの登場人物のみならず、多くの医者が向き合い、そして答えを得ていない重い問題である。ドクターXならばどう答えるのだろうか。

デイリー新潮編集部