神戸5人殺傷で「仰天無罪判決」 カギは起訴前鑑定で黙秘 問われる裁判員裁判

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「人が3人死んでんねん。こんな判決おかしいやんか。遺族の気持ちはどうなるんですか」。神戸地裁の庁舎で被害者の友人と思われる女性が叫んだ。「何の罪もない3人が無法に命を奪われたのに、被告が法律で守られたことは到底納得できない」。亡くなった女性(当時79)の遺族は、こんなコメントを公表した。(粟野仁雄/ジャーナリスト)

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 被告人が死刑になる可能性が高い重大事件を裁判員裁判で裁くことの危うさを、筆者は以前から感じていたが、それが大きく露見した。

 2017年、神戸市北区で祖父母と近所の人ら男女計5人を殺傷し、殺人罪や殺人未遂罪に問われた男性A被告(30)に無罪が言い渡された。11月4日に神戸地裁で開かれた判決公判で、飯島健太郎裁判長は「統合失調症の影響で心神喪失状態だったとの合理的な疑いが残る」として責任能力を否定し、無罪を言い渡した。求刑は無期懲役だった。3人も殺害された事件で、被告の刑事責任能力が否定されて無罪となる異例の判決だ。

「先に内容を聞いてもらいます」。午後3時からの判決で、飯島裁判長は主文を後回しにし、判決の経過、理由などを説明した。主文の後回しは、通常であれば死刑判決だが、なんと無罪判決での後回し宣告だった。「被告人をいずれも無罪とする」と主文を言い渡した同裁判長は、「無罪ですが、行ったことは取り返しがつかないことはわかっていますね」と被告人席に問いかけた。判決文の朗読中も落ち着いていたA被告は、黙って頷いていた。

分かれた鑑定人の判断で弁護団の作戦勝ち

 判決によると、A被告は2017年7月16日早朝、神戸市北区の自宅や周辺で、祖父の南部達夫さん(当時83)と祖母の観雪(みゆき)さん(同83)、近くに住む辻やゑ子さん(同79)を包丁で刺して殺害。母親(57)を金属バッドなどで殴って負傷させ、近所の女性(69)も切りつけて大けがを負わせた。

 A被告は事件の少し前から、好意を抱いていた高校の同級生の女性の声の幻聴がしていて、この女性を「超常的な存在」と考える。そして、他のすべての人は人間の形をした「哲学的ゾンビ」で、これを倒すことが女性との結婚への試練だと思う、強い妄想にとらわれていた。投薬治療で回復が見られるA被告は、法廷でこれらを証言していた。

 検察は起訴前にA被告を鑑定留置し、2人の精神科医に鑑定依頼していた。1人目の鑑定は、善悪の判断や行動抑制もできない「心神喪失」とした。2人目の鑑定は、それらが最低限できる「心神耗弱」だった。

 飯島裁判長は「妄想の影響が圧倒的」とする最初の鑑定を評価し、検察側が依拠する2人目の鑑定を「被告との面接が1回5分程度で不十分」とした。刑事責任能力については「妄想などの精神症状の圧倒的影響下で行為に及んだ疑いを払拭できない」「心神耗弱状態に間違いがないとは認められない」として否定し、「責任能力は残っていた」という検察側の主張を退けた。

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