常識破りの「在庫を多く持つ経営」はなぜ強いか――中山哲也(トラスコ中山代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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在庫は環境負荷を下げる

佐藤 在庫を強く意識した経営にされたのはいつくらいからですか。

中山 昔からけっこう在庫が好きな会社ではありましたね。まあ、いまから考えれば微々たるものですが。

佐藤 中山社長のご尊父が創業された会社ですよね。

中山 はい。創業は1959年です。私もかつては配送をしていて、お客様から「中山君、早くて助かるわ」と感謝の言葉をいただいたことがあります。やっぱりアイテム数が多く、在庫を切らさなければ、お客様に喜んでもらえる。94年に社長に就任した時、改めてこの会社は何のためにあるのかを自分に問うてみました。工具を売っている以上、モノづくり現場のお役に立つ仕事でなければならない、そのためには在庫を増やし、全国に支店も作って、と考えたんですね。

佐藤 それが会社を成長へ導いた。

中山 在庫は環境負荷の少ない会社作りにも貢献します。豊富な品揃えと在庫があれば、ワンストップショッピング(一つの店舗ですべての買い物をすること)が実現できる。配送が1カ所からで済みますので、その分、余計な負荷がかからない。

佐藤 まさに在庫の強みですね。

中山 その配送にしても、弊社では「固定費型物流システム」を作っています。全国におよそ300台の配送車両を配備し、路線バスみたいに決められたコースをグルグル回っているのです。1個ずつ宅配便で出すと、それぞれ運賃が掛かりますが、この仕組みなら、一定の数の商品が集まり損益分岐点を超えると、どんどん利益が積みあがっていきます。

佐藤 少額の商品も1個から、送料を気にしないで配送できますね。

中山 商品単価が下がれば下がるほど競争力が増します。付箋一つでもそこに載せればいい。また「問屋によるユーザー様直送」にも取り組んでいます。私どものお客様にネット通販企業がありますが、スマホからネット通販企業に注文すると、その商品はトラスコからネット通販企業に出荷し、それをネット通販企業が個々のお客様にお届けすることになります。そうすると、トラスコで箱に入れて配送し、ネット通販企業でまた別の箱に入れ替えて送ることになる。

佐藤 段ボール会社は喜びますね。

中山 ただ、そこは無駄です。だから、商品を私どもから直接お客様にお届けすればいいのです。そうすれば梱包資材も半分になりますし、配送コストも半分になります。

佐藤 環境負荷も半分になる。

中山 これを言うのは簡単ですが、問屋から消費者のもとへ直接、荷物を送る力があるところは、他にありません。コロナで物流が非常に重要になってきていますが、我々は人手不足が深刻になると考え、物流センターを建設したり、高速梱包出荷ラインを導入するなど、かなり前から準備してきたのです。そこにコロナがやってきて、その仕組みが大活躍しています。

佐藤 今年1月から6月までの営業利益は16・3%増の72億円でした。

中山 おかげさまで好調です。それから「MROストッカー」というサービスも進めています。お客様の生産工場の中の一部をお借りして、そこに棚を作り、よく使用される商品を置いておく。

佐藤 「置き薬」ならぬ「置き工具」だと、いろいろなメディアで取り上げられていますね。これも在庫からの発想ですね。

中山 先方の希望する商品以外にお薦めの商品も置きますが、使った分だけお金をいただく。発注も発送もなく納期ゼロ。注文ごとにトラック配送をする必要がありませんから、これも環境保全につながります。

佐藤 どのくらいの工場に設置されているのですか。

中山 104カ所の工場で稼働しています。これを千、2千と増やしていきます。

佐藤 それだけできれば、何百というトラックが不要になる。

中山 いま誰もが口を開けば、SDGsでしょう。その内容自体はいいことですよ。ただ施策を実行してこなかったにもかかわらず、流行で円バッジを付けるのはいかがなものかと思いますね。最近ではその先に「パーパス(志)経営」があるとか言っていますが、そんなもの、あって当たり前だし、弊社ではずっと前からやってきていることですよ。

佐藤 SDGsは一部の人には流行のようなものです。

中山 SDGsで抜けていると思うのは、人間誰しも環境破壊の加害者だということですよ。企業がSDGsだと言っていると、それを免罪符のように思う人がいますが、海水汚染の大半は、家庭排水が原因ですよね。でもどれだけの人が、煮汁やケチャップやソースを拭いてから皿を洗っているかって話ですよ。

佐藤 SDGsは魔除けですね。そう言っておけば安全です。

中山 弊社には「取捨善択」という考え方があります。損得勘定じゃなくて、善を選べということです。実は私の父が「銭択」でやってきたのですが、結局お金だけで選んだものは、身にならないことが多かったと思います。そこからちゃんと正しいことを選ぶのが大事なのだと学びましたね。

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