常識破りの「在庫を多く持つ経営」はなぜ強いか――中山哲也(トラスコ中山代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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愛読書は社員名簿

佐藤 こうした事業展開に加えて、組織作りでも独自の取り組みが多々ありますね。

中山 まず非正規雇用を原則禁止しています。例外的に非正規を認めているのは、学生のアルバイト、主婦のパートタイマー、そして70歳以上のシルバー人材だけです。

佐藤 彼らのニーズは非正規でしょうからね。

中山 ただ、例えば主婦でもシングルマザーのパート採用は禁止しています。つまり世帯主は正社員で雇うということです。やはり企業は安心安定して働ける職場を提供する義務があります。そして結婚し、所帯が持てる給料を払わなければならない。

佐藤 マルクスの『資本論』に通じる考え方ですね。マルクスは、賃金には三つあると言っています。一つは、その時の生活費ですね。1カ月働くと、翌月の衣食住の費用が賄え、ちょっとしたレジャーが楽しめる。でもそれだけなら、その世代だけで終わってしまいます。ですから二つ目として、家族を持って子供を育て、次の世代を作っていく費用も賃金に含まれていなければならない。そして三つ目は、技術革新が起きて職場環境が変化することがありますから、それに対応するための学習する費用です。

中山 テレビを見ていると、いろいろ着ぐるみのキャラクターが出てくるでしょう。私は、あの中の人たちは、それで生活ができるだけのお金が稼げているのか、といつも心配してしまうんですね。

佐藤 プロレタリアートという言葉がありますね。もとは古代ローマの国勢調査で、子供しか資産がない人たちのことを指します。だから子供を持てないのは、プロレタリアート以下なんです。いまの日本ではそれが深刻な問題になっている。日本の資本主義の持続的発展を考えた時、家族や子供を持てる待遇にするのは、非常に大きな貢献になります。

中山 いやいや、そんな大層な考えはないですよ。ただ企業が社員の人生を考えるのは当然です。そして社員が人生設計するには、何歳でどのくらいの給料になるのかを知らなくてはなりません。ですから弊社ではキャリア、エリア、役職ごとの平均給与を開示しています。

佐藤 人事制度にもユニークなものがたくさんあるそうですね。

中山 はい。例えば「おしどり転勤制度」です。もちろん社内婚でも利用可能で、これは、夫婦別々の会社に勤めていて、どちらかが転勤になった際、その転勤先のエリアについていって勤務できるようにする制度です。直近3年では、22名が利用しています。

佐藤 いまは共働きが当たり前ですから、これはいいですね。

中山 また「ハッピーサンデー制度」も好評ですね。こちらは単身赴任者が週末帰省した際、日曜日の夕食まで家族と一緒に過ごせるよう、月曜日の出社を遅らせることができる制度です。

佐藤 日曜日の午後には帰り支度を始めるとなると、気が重くなりますからね。それでだんだん億劫になって、自宅に戻らなくなる。それが続くと離婚につながりますから、離婚防止策にもなりますね。

中山 家族によっては、迷惑だと言う人もいるんですけれども(笑)。

佐藤 迷惑と言われるくらいが、ちょうどいいんですよ。

中山 他にも一度退社した人がまた戻ってこられる「ウェルカムバック制度」や、休日に所属とは異なる部署で働いて副収入を得る「社内副業制度」などもあります。

佐藤 発案は中山社長ですか。

中山 ほとんどが私です。どれもけっこう前からあるんですよ。「おしどり転勤制度」は2005年からですし、「ハッピーサンデー制度」は02年からです。ここ数年、採用が難しくなったから導入したのではない。やっぱり夫婦別居になるより一緒にいた方がいいし、別居していたら、少しでも長くいられるようにしたいじゃないですか。

佐藤 社員をものすごく大切にされているのがよくわかります。

中山 私の愛読書は社員名簿なんですよ。

佐藤 これですね。非常に分厚い。

中山 社員からパートさんまで2800名くらい、みんな顔入りで載っています。名簿は創業以来ありますが、顔写真入りになったのは、20年くらい前からです。いろいろな項目があって、出身校や趣味など個人情報満載で、いまどき珍しいのでしょうが、社員の顔も名前もよく知らないのでは、いい会社は作れないと思うんですよ。

佐藤 これはただの名簿ではありませんね。緊急避難先まで書いてある。何かあった際の安否確認を考えておられるのですね。

中山 阪神・淡路大震災の時にけっこうな数の社員が行方不明といいますか、連絡が取れなくなったんですよ。それでここに書いておいた方がいいと考えました。

佐藤 「この人が凄いと思うのはどんな時」とか「がっかりする時はどんな時」という項目もありますね。

中山 これは一つの教育にもなっているんです。この「がっかり」は、言われているかもしれないぞと、社員には話しています。

佐藤 だいたい社内での出来事がベースになっているでしょうからね。

中山 ただ、すべての項目を書けと強要しているわけではありません。書きたくないものは書かなくていい。

佐藤 これを全社員に配っているのですか。

中山 パートさんも含めた全社員に配ります。やっぱり転勤したり異動したりする時に、どんな上司や部下がいるか、あらかじめわかったほうがいいですから。

佐藤 この名簿を通じて、健全な愛社精神が育まれる気がしますね。

中山 この名簿と、会社の総合報告書である「解体新書」というパンフレットを見れば、会社のことはすべてわかるようになっています。私は、その企業のありようそのものが社員の学びの場になると思っています。私どもの会社の志は「人や社会のお役に立ててこその事業であり企業である」ということです。そして具体的には「がんばれ!!日本のモノづくり」で製造業を応援する。この原点を大事にして、今後も社員とともにさらに成長していきたいですね。

中山哲也(なかやまてつや) トラスコ中山代表取締役社長
1958年大阪府生まれ。近畿大学商経学部卒。父の創業した中山機工商会(当時)に入り、倉庫、配送、管理、上場準備業務などを経て、84年に取締役。87年常務を経て94年から社長。出生時の鉗子分娩で右目を失明したことから、97年私財を投じて(公財)中山視覚障害者福祉財団を設立。視覚障害者への支援活動も行っている。

週刊新潮 2021年9月30日号掲載

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