常識破りの「在庫を多く持つ経営」はなぜ強いか――中山哲也(トラスコ中山代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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「在庫」を少なくして商品の回転率を上げるのは、コスト管理の定石である。だが、「在庫こそ成長の源泉」として、膨大な在庫を持ち、業績を伸ばしている会社がある。機械工具卸のトラスコ中山だ。その発想はいかに生まれたのか。次々に新サービスも展開する2代目社長の独創経営。

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佐藤 機械工具の卸売業であるトラスコ中山は、ユニークな経営で近年注目を集めています。一般に在庫は少ない方がいいといわれますが、在庫を増やす戦略で業績を大きく伸ばしてこられました。

中山 私どもにとって在庫は、成長の源泉です。これを逆張り経営なんて言う人がいますが、世間様の逆をしているのではなく、ごく普通にお客様のことを考えたら、そうなっただけですよ。

佐藤 それはどういうことでしょう?

中山 買う側からしてみれば、品揃えは少ないより多い方がいいですし、在庫も少ないよりは多い方がいいでしょう。その方が品切れがなく、すぐに商品が届くわけですから。

佐藤 それはそうですね。

中山 「在庫回転率」を重視する人がいますが、それもお客様にとってみれば、何のメリットもない数字です。それより私たちは、お客様からのご注文に対し、どれだけ当社の在庫から商品をお届けすることができたかを示す「在庫ヒット率」を大切にしています。ほんとに他の会社はどうして血眼になって在庫を減らしているんでしょうね。業績を伸ばしたくないんじゃないのかな(笑)。

佐藤 トヨタなどが、在庫を持たないことをよしとする経営をしてきましたからね。経営理論に組み込まれているのかもしれない。

中山 どこかの企業で社長が就任すると、よくROE(自己資本利益率)を何%にするとか、ROA(総資産利益率)をどうするとか言いますね。そんなはやりの経営指標より、例えば住宅メーカーなら、こんな住みやすい家を作りますとか、食品メーカーなら美味しいハンバーグで家族だんらんにしますとか、そういう志を語るべきですよ。

佐藤 株主の方しか見ていないのでしょう。

中山 もちろん弊社も機関投資家とのやりとりはあります。でも、我々は彼らのためだけでなく、工具を通して日本の製造業のお役に立とうと仕事をしているのです。

佐藤 投資家は、自らのルールの中だけで利益を追求しています。

中山 そこは否定しませんが、3年ほど前に気がついたのは、彼らが示す経営指標を追求していくと、手元に現金が増えるだけなんですよ。

佐藤 つまりは投資をせずに、いまの利益だけ集めておけ、ということですね。

中山 現金を増やし、やみくもに還元してしまうと、本当に行わなければならなかった投資が先送りになり、経営判断を見誤るかもしれません。単なる株価の比較で利益を生むのではなく、事業内容も注視してもらいたいですね。

佐藤 中山社長のお考えの根底にあるのは「労働価値説」ですね。価値の源泉は、左から右へモノを流して儲けるのではなく、額に汗して労働することにある。マネーゲームやギャンブルで儲けたお金と労働で得たお金を同じだと考えると、労働者も使い倒せばいいという発想になります。つまり人と金の交換に鈍感な経営者になってしまう。そうなると結局、会社は信頼を失います。

中山 私は「数値目標」と「能力目標」という言葉を使いますが、企業ですから、売り上げや利益といった数値目標が優先されるのはわかります。でも私は、それよりどんな会社になりたいか、そのためにどんな力を持つべきかという「能力目標」の方が重要だと思います。

佐藤 どんな会社にしたいかを明確にすれば、やるべきことは見えてくる。

中山 その通りで、いま在庫のアイテム数は47万点、個数で言うと4500万個あります。私たちが目指すのは、お客様から注文があったら、できるだけ早くその商品をお届けすることです。だからその47万アイテムを50万アイテム、100万アイテムまで持つ会社にする。あるいは、24時間受注できるとか、365日出荷できる体制を作る。そうした目標を立て、そこから何をすべきかを考えているのです。

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