パワハラ騒動で「至学館レスリング」はどうなった?追い落とされた栄和人氏が語る

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 吉田沙保里、伊調馨という大スターが去り心配された東京五輪の女子レスリングも蓋を開けてみれば川井梨紗子の五輪連覇を筆頭に、全6階級中、金メダル4という見事な成績を残した。大会前に「とても栄さんの真似はできませんが、自分のできることだけします」と話していた日本レスリング協会(福田富昭会長)の西口茂樹強化本部長以下、笹山秀雄、金浜良、吉村祥子各コーチらの手腕の表れだった。(ジャーナリスト・粟野仁雄)

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 4つの金のうち須崎優衣(早大)を除く3つは至学館大学(愛知県大府市 谷岡郁子理事長)の出身者である。川井姉妹(梨紗子・友香子 ともにジャパンビバレッジ)。そして婚約者の志土地翔大コーチのもと、決勝で大逆転劇を演じた向田真優(ジェイテクト)だ。

 西口氏の前任は栄和人氏(現至学館大学監督)だが、3年前の「パワハラ騒動」で辞任しており、東京五輪では現場に立つことはなかった。とはいえこれで栄氏の教え子たちは14個の金メダルを日本にもたらしたことになる(内訳は伊調馨4 吉田沙保里3 川井梨紗子2 川井友香子、小原日登美、登坂絵莉、土性沙羅、向田真優が各1)。あらゆるスポーツを見てもこれだけの実績を上げた指導者はいまい。

モップ片手のレジェンドたち

 久しぶりに至学館大学の道場を覗いた。金メダルを取ったばかりの川井姉妹が早くも後輩とスパーリングをしていて驚く。なんと二人はモップを持ち出してマットの汗を拭いている。「昨日は沙保里(吉田)がモップ持ってマット拭きをやっていたよ」と栄氏。五輪メダリストも決して「雲の上の人」にならない距離感がここの選手を強くしている。

 同じ57キロ級の南條早映と盛んに練習していた川井梨紗子に訊いた。結婚も発表したせいか、より幸せそうだ。「ライバルではあるけど、さえちゃんはなくてはならない存在。『私は五輪、さえちゃんは世界選手権で一緒にチャンピオンになろう』って言ってました。自分の試合が終わって五輪がマックスだったモチベーションをキープするのは難しいですが、練習するからにはしっかりやりたい。さえちゃんにはオリンピックまで支えてもらった。今度は自分が支えたい。私の連覇もこのチームありきでしたから。世界選手権に向けてのコンディション作りを手伝えればいいなあって。妹も同じ気持ちで来ていますよ」などと話した。

 川井梨紗子は「パワハラの時は、監督が選手にどうしたらいいかわからない様子だし、自分たちも監督にどう接していいかわからない状況でした。オリンピックが終わって監督がこうやって以前のように指導してくれているのを見たら自分が高校生の時を思い出して懐かしくなってしまいました」と感慨深そうだった。あらためて東京五輪について訊くと「先に妹の試合があったのがよかった。全日本選手権なども大体、友香子が先に勝ってくれていたし。いい流れでした。でもリオ五輪の時の方が見ている風景が大きく変わった感じでした。今回の連覇はリオのように『夢みたい』というよりも、『ああ終わったんだ』という感じで、夢でなくどこか現実味がありましたね」と振り返る。

 パワハラ騒動で川井梨紗子は、伊調馨との五輪代表争いが恩師栄vs大先輩伊調の「代理戦争」のように受け止められ苦悩した。「終わったんだ」は決して五輪の試合だけの感慨ではない。

 「東京五輪組」は欠場するが、10月2日からオスロ(ノルウェー)で世界選手権が開催される。至学館大学からは女子の10階級中、以下の4人が挑戦する。OBはいない。すべて3年後のパリ五輪を目指す学生たちだ。吉元玲美那(50キロ級) 南條早映(57キロ級) 花井瑛絵(59キロ級) 松雪泰葉(76キロ級)。

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