パワハラ騒動で「至学館レスリング」はどうなった?追い落とされた栄和人氏が語る

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早くも「次」が育った至学館高校

 前後するが、8月の末に行われた福井県おおい町でのインターハイ(高校総体)のレスリング女子の部で、至学館高校は全7階級中5階級で決勝に進み、森川晴凪(50キロ級)山口夏月(57キロ級)北出桃子(68キロ級)が優勝した。62キロ級ではモンゴルから同校に留学しているビャンバスレン・フウランが5-6の接戦で準優勝だった。「もうちょっとで4階級制覇だったのに」と引率した栄氏は悔しがるが北出桃子は一年生での快挙。「まだまだ技も未熟だけど、未熟のままで優勝してしまうのだからすごいよ」と目をかけている。取材日も、北出のすぐ横に立ち「そこだよ、そこで頑張らなきゃ」など盛んに声をかけていた。

 栄氏は東京五輪について「男子合わせて全体で5人が金で一人が銀、2人が五位は上出来です。一年延び、もう一回、技術を確認できた。心配だった53キロ(向田真優)と62キロ(川井友香子)がしっかり金を取った。50キロ(須崎優衣)と57キロ(川井梨紗子)は絶対取れるとわかっていた」と総括する。

 そしてこう続けた。「三階級が至学館卒業生で嬉しい。オリンピックに関わるような選手が残って一緒に練習しているのが強い。日体大も文田(健一郎・東京五輪銀)、屋比久(翔平・同銀)がそうだし、山梨学院の高橋(侑希・8位)とかが後輩と一緒に汗している。五輪選手が一緒に練習すると化学反応が起きる。それが絶対大事。先輩の背中見て『あれだけの練習をすれば自分もいつか行けるのでは』と思うと強くなる。高校に来た時から僕はいずれオリンピックにと思って練習させます。もちろん、友香子みたいに『まさかオリンピックで金取るとは思わなかった』という選手もいるけど、高校生にもいつかは世界のチャンピオンになるんだよって鍛えていますよ」。

 パワハラ騒動の後、「至学館はもう終わった。選手がいなくなる」とか、「至学館に入ったら勝てなくなる」などの噂が立った。「勧誘しようとしても『行かせない方がいい』とか、『どうせ選手集まらないし強くなれない』とかを吹聴して至学館を潰そうとした勢力があったんです」と振り返る。今は「川井姉妹や土性沙羅らがいたおかげで高校生も大きく前進できた。沙保里や梨紗子がモップ持って一生懸命拭いていた。3連覇しようが2連覇しようが後輩のために頑張ってくれている。まだ休んでいていい時期なのに」と嬉しそうだ。

「栄監督から学ぶものはない」と言ったとかの伊調馨は、他の男性コーチの元へ去ったが、少なくとも筆者は川井や吉田のような義理堅い選手の方が好きである。

 栄氏は道場のすぐ近くにある部員の寮を案内してくれた。かつて大きな借金をして作った寮である。「歩いて1分。温度が下がらないうちに食事することが大事なんです。体が冷えてからではなく。栄養管理も整っている。親切な寮母さんもいるし。もう一つの強みは学校が全面的に協力してくれること。谷岡学長が県のレスリング協会の会長であり、日本協会の副会長も務めている。授業料免除で取ってくれる有望選手もいる。大学あげて組織作りをしているのは強いですよ」。

パワハラ騒動とは何だったのか

 栄氏による伊調馨に対しての言動が問題視された「パワハラ騒動」とは何であろう。

 五輪メダリストではなく、女子の指導者だった栄氏が強化本部長に「出世」したことや、至学館大学の活躍をやっかんだ一部のレスリング関係者たちが、伊調馨と栄氏に隙間風が吹いたことや、国民栄誉賞のレジェンドを誰も批判できないことを利用した低レベルな奸計にすぎない。筆者は伊調馨に大いに非があると思っている。栄氏は謝罪の必要などない。

 栄氏が声を大にして反論できる性格でないことを知る彼らは「パワハラ」と誇大に騒ぎ立て一部マスコミを利用して、本部長から追い落とした。一方的なテレビ・雑誌報道を信じた世論に迎合して「パワハラの定義」の敷居を故意に下げてまで「パワハラ」と認定した当時の第三者委員会の面々は猛省すべきで、今となっては「一体あれは何だったのか」である(詳細は『令和のタブー』(宝島社)所載の拙作「栄和人元監督パワハラの真相」)。

 東京五輪の晴れ舞台に立てなかった栄氏だが、現場復帰して活力を取り戻している。この男は現場から離れた高みから多数を管理することには向いていない。マットの上やマットサイドが一番似合う。栄和人、そして至学館大学レスリング部は簡単には死なない。(敬称略。)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

2021年9月30日掲載

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