三冠「藤井聡太」は年度内に六冠も…食事の感想も熟考する生真面目会見の面白さ

国内 社会 2021年9月15日掲載

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「過去の三冠は偉大な棋士の方ばかりなので光栄に思っています」。

 豊島将之二冠(31)から叡王を奪っての三冠(棋聖・王位・叡王)達成について記者会見で感慨を問われた藤井聡太(19、棋聖・王位・叡王)はこう語った。叡王戦は人間対コンピュータの「電脳戦」が元祖で2017年度からタイトルに昇格したため現在、全タイトル数は8冠だ。昔はタイトル数が少なく升田幸三名人は三冠(名人・王将・九段)の達成(1957年)で全冠制覇だった。過去、三冠達成者は升田をはじめ、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖、羽生善治九段(永世七冠資格)など9人いる。新しいところでは豊島竜王と渡辺明三冠だ。

 9月13日、2勝2敗のタイから最終戦に持ち込まれた叡王戦の第5局は東京・千駄ヶ谷の将棋会館で火ぶたが切られた。先手は藤井。双方が飛車先の歩を進める「相懸かり」で駒組を進めた。持ち時間は4時間ずつだが、お互いの駒が敵陣に入っておらず、まだまだ中盤と思われた局面で豊島が先に時間を使い切り1分将棋へ。藤井は15分残していた。AI(人工知能)評価値は終始、藤井の優勢を示していた。ともに秒読みに入り、藤井が9七桂馬という妙手を放つと、生中継していたAbemaTVの解説者・深浦康市九段らは「おおーっ、すごい手だ」とどよめいた。AIの評価値は差がみるみる開き、藤井が111手目に銀で豊島玉の背後から王手をかけると、秒読みに追われた豊島は午後6時22分、将棋盤に手をかざして投了を告げた。9七桂馬の局面は、自陣の角を盤中央に繰り出してじっくり攻めるのが普通だが、藤井はリスクを冒しながらも「最短で詰ませる手」を選んだのだ。かつての大山名人のような「石橋をたたいても渡らない」棋風とは異なる、勇猛な指し回しも藤井将棋の魅力だ。

 これで藤井は19歳1か月で三冠。羽生九段の22歳3か月の最年少三冠記録を28年ぶりに大きく更新した。当の羽生は「十代での三冠達成は大記録に間違いありませんが、昨今の藤井さんの充実ぶりを考えると不思議とは思いません。今後もどのような将棋を指して飛躍を遂げるのか、とても楽しみです」。師匠の杉本昌隆八段はコロナ禍を意識し、「閉塞感のある社会情勢の中、輝かしい記録を更新し続ける藤井三冠を師匠として誇りに思います」とコメントした。

 対局後に藤井は「難しい中盤が続いたが七筋を攻めることができてバランスが保てた」と振り返った。そして記録のことを訊かれると「最年少記録は意識していません。最終的にどこまで強くなれるのかが自分にとって一番大事だと思っているので」などと淡々と話した。

 竜王一冠に後退した豊島は「8四銀とされて苦しかった。前の手順が悪かった。強い棋士と指して課題が見えてきた」などと話し、感想戦では藤井の構想を聞いて盛んに「ああ」と頷いていた。

 その後、渋谷で開かれた記者会見で筆者は藤井に「最終的とはいつのことですか?」とたずねた。まさか引退時のことではないだろうが確認したかった。特定の時期を指していたわけではないとのことだった。これで昨年まで6連敗と勝てなかった豊島を相手に、今年から一挙に盛り返し、対戦成績は8勝9敗と短期間でほとんど五分にした。「何がよくて短期間に勝てるようになったと自分で分析していますか?」と筆者が問うと藤井は「まだ結構、内容的には押されている対局が多いので。ただ今年の朝日杯で初めて勝つことができて、王位戦、叡王戦に落ち着いて臨むことができたという面はあるのかなと」などと話した。「技術的に伸びたところとは?」と畳みかけたが、藤井は「力としてはまだ及ばないところも多いので」などと語るのみだった。

 藤井が子供の頃に通った愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」の文本力雄さんは、「9七桂馬で豊島さんのその後の手もおかしくなったようでした。聡太にとっては三冠だろうが四冠だろうが八冠達成までの通過点に過ぎないでしょう。考えてみれば高校に行かなければ今頃、四冠や五冠達成していた気もしますよ。学校の勉強にも時間を取られてましたから」と語った。

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