三冠「藤井聡太」は年度内に六冠も…食事の感想も熟考する生真面目会見の面白さ

国内 社会 2021年9月15日掲載

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「藤井聡太一強時代」に突入か

 1996年には七冠を独占した羽生が次第にタイトルを失い、三年前には将棋界の勢力図が一時的に8人でタイトルを分け合う群雄割拠になっていた。当時、田中寅彦九段(元棋聖)は「トップ棋士たちには『いずれ藤井聡太が全部取ってしまって俺たちはタイトルなんか取れなくなるぞ、今のうち一つでも取らなくては』というくらいの危機感がある」と話していた。にわかには信じがたかったが、早くも本当にそうなってしまうのではないかという状況だ。現時点では藤井(棋聖・王位・叡王)と渡辺(名人・棋王・王将)が三冠。豊島竜王と永瀬拓矢王座が一冠である。

 10月からの竜王戦七番勝負で、藤井は豊島竜王に挑む。年内に終わる竜王戦で奪取すれば四冠(もちろん史上最年少)になる。そうなるともはや藤井の「一強時代」に近くなってしまうといってもいい。

 過去、四冠は大山、中原、米長、谷川、羽生の5人しかいない。ついでに言うと五冠は大山、中原、羽生だけ。六冠、七冠は羽生だけだが、藤井が王将と棋王で渡辺二冠への挑戦権を得れば、今年度内に藤井が六冠を達成してしまう可能性もあるのだ(王座戦は敗退している)。

 今回の叡王戦、勝利の瞬間を渋谷の記者控室でモニタ画面を見ていた記者たちからはもう、どよめきも起きなかった。一冠や二冠達成の頃とは違った。もちろん「豊島が弱い、藤井が勝って当然」というわけではないが、少なくとも「藤井が勝ってなんの不思議もない」だった。「最年少なんて当たり前でもう見出しにするのもどうかな」とはあるスポーツ記者。口にはしないが「最年少」と騒ぎ立てるメディアを空しく感じているのは藤井聡太本人かもしれない。

食事の感想を聞かれても熟考

「自分自身の今後が今まで以上に問われる。今後も(将棋に)取り組んでいきたい」と会見中も自らを律した藤井聡太は、どんな質問にも真剣に答える。8月9日に名古屋市の老舗料理店「か茂免」で行なわれた叡王戦の三戦目。藤井は豊島に勝利した直後のインタビューでは食事の感想まで訊かれた。まず、いつものように「はい、そうですね」と一呼吸置いた。そして、かなり長い沈黙の後、おもむろに「はい、きしめんと鱧寿司、大変おいしく頂かせてもらいました」と言ったのだ。「えっ、まずかったんだろうか」。あの長い沈黙の間、さぞかし「か茂免」の店主や料理人はハラハラしただろう。適当に答えておこうという考えが藤井には微塵もないからそうなる。質問を真剣に検討した結果が「おいしかった」なのだ。藤井聡太の会見について時折、「優等性発言であまり面白くない」と書いていた筆者は少々反省した。ここまで誠実で生真面目な話し方は好感が持てる上、かえって面白く魅力的だ。崩さないでほしい。ちなみに今回の昼食は老舗鰻店「渋谷松川 本店」の「海老天重」だった。

 観戦記者でもないが筆者だがこれで昨年来、三冠とも達成時に現場取材に立ち会えた。「僥倖」(中学生の時に藤井が会見で使った言葉)というしかない。

 洋菓子メーカー「不二家」が主催社である叡王戦。藤井聡太は「ペコちゃん」の大きなぬいぐるみをもらって照れながら「自宅に飾りたい」と話した。これをプレゼントする「彼女」はいないようだ。若武者はペコちゃんに見守られて将棋の研究に一層、磨きをかける。(敬称略)。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

デイリー新潮取材班編集

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