新型コロナより深刻… 銃犯罪急増で米ニューヨーク州が全米初の緊急事態宣言

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 米ニューヨーク州のクオモ知事は7月6日、銃犯罪の急増を受けて緊急事態を宣言した。銃犯罪に対処するための緊急事態宣言の発令は全米初だという。クオモ氏は「最近では新型コロナウイルスによる死者よりも銃犯罪被害者の方が多い」とした上で「公衆衛生の脅威はウイルスから銃暴力とそれに伴う恐怖や死という疫病に移った」と警告を発した。

 ニューヨーク州では4日の独立記念日の週末の銃撃事件による被害者は51人に上った。今年上期のニューヨーク市内の銃撃事件は前年同期に比べ38%増加している。

 ニューヨーク州は1億3870万ドル規模の対策予算を投じ、銃犯罪頻発エリアでの若者らの就労支援プログラムなどを実施するとともに、同州の警察に銃密売阻止部隊を新設し、他州からの違法な銃器の流入を防ぐ取り組みを推進するとしている。

 しかし「銃犯罪が激増した原因は州政府自身の失政にある」との声が高まっている。ニューヨーク市は昨年、全米で警察による人種差別的な対応が問題化したことを受けて市警察の予算を大幅削減した。犯罪抑止部隊の解散や人員の削減も行っていたからである。今回の州政府の対策は「朝令暮改」の典型であり、その実効性が早くも危ぶまれている。

 警察予算が削減されたのはニューヨーク市だけではない。ミネソタ州で昨年5月に黒人男性が白人警官に首を押さえつけられて死亡する事件が発生したことをきっかけに「警察予算を削減せよ」とする活動が盛り上がり、民主党が政権を握る自治体の多くで警察予算が大幅削減となった。「因果応報」なのかもしれないが、警察予算が削減された都市では銃撃などの凶悪犯罪が急増する傾向にある。

 たしかに警察官による暴力行為は黒人が多く居住する地域で頻繁に起きている。ラトガ-ズ大学等の研究によれば、黒人男性は1000人に1人の割合で警察官に殺害されているが、2013年から2019年の間で殺害行為をした警察官の99%が起訴すらされなかったという(6月1日付クーリエ・ジャポン)。

離職警官の増加

 このような状況を改めるためにバイデン政権が強く後押ししているのは「ジョージ・フロイド警察活動の正義法案」である。首締めなどの危険な拘束術を制限するほか、差別的な取り締まりや違法行為が疑われる警察官を刑事裁判にかけやすくし、警察官の実力行使に対して広く認められてきた民事面の免責範囲を狭めるといった野心的な内容である。この法案は事件直後に民主党が議会に提出し、下院で可決されたものの、警察官の支持者が多い共和党と勢力が拮抗する上院では審議が難航している。

 警察官側にも言い分がある。昨年までの10年間に米国の警察官の515人が銃撃を受け殉職しており(5月27日付東京新聞)、「この法案は我々の仕事を困難にする」と考えている警察官は少なくない。逮捕時などに抵抗する容疑者は珍しくなく、「常に相手が銃を持っているかもしれない」と教えられている警察官は、この法が成立すれば、いざという時に力の行使をためらう可能性がでてきている。ニューヨーク州では昨年、この法案と同様の内容の警察改革法が成立したが、警察関係者は「抵抗する対象者を安全に取り押さえるために警官が日常的に使う技術を犯罪化する法律である」と猛反発している。

 警察のあり方が問われる中で、現場からは「良い警察官も悪い警察官も一緒くたにされている」と反発する声が聞こえてくる(6月1日付AFP)。多くの米国人、とりわけ白人が抱いてきた警察に対する崇高なイメージが傷つき、離職する警察官が後を絶たない。

 米国で最大の人員を擁するニューヨーク市警では、定年退職者を除く2019年の離職者が約1500人だったのに対し、昨年は約2600人に上った。今年に入っても増加傾向が続いている。「警察官の大量退職」という現象が起きているのはニューヨーク市だけではない。シカゴやロサンゼルス、シアトルなどの大都市などでも同様である。

 昨年の米国全体の殺人事件数は2019年に比べて約25%増加した。2万人以上の米国人が殺害されたのは1995年以来のことである。犯罪の増加は大都市だけではなく、地方都市に至るまであらゆる場所に及んでいる。「多くの町では犯罪組織が支配権を確保しつつある」との指摘もある(7月9日付Zerohedge)。

 このような事態に危機感を深めたバイデン大統領は6月23日「警察をパンデミック以前の水準を上回る人数にまで増員する」ことなどを含む犯罪防止計画をまとめ、新型ウイルス感染症救済法案から得られる資金3500億ドルを充てるよう、各州らに求めた。

 来年予定されている中間選挙では「犯罪問題」が大きな争点になることが予想されることから、バイデン政権は銃規制を暴力的な犯罪撲滅の中心政策に位置づけている。

 米国では1994年から10年間、自動小銃の所持が法律で禁じられたが、この法律の成立に中心的な役割を担ったのは当時上院議員だったバイデン大統領である。現在の米国の状況をかんがみれば、銃規制は警察改革以上に難題である。バイデン政権が強引な形で銃規制を進めれば、「バイデン政権は非合法だ」とする人たちの猛反発を招くのは必至だ。

 米国の情報機関を統括する国家情報長官室は今年3月「人種差別に基づく過激主義者などが国内のテロに関する最も致命的な脅威となっている」との見解を示したが、5月下旬にニューメキシコ州在住の男が「バイデン大統領の殺害を予告する内容のメッセージを複数の相手に送信した」として訴追された。

 バイデン大統領の就任以来、ワシントンでは「『0』で終わる年に当選又は再選した大統領は在任中に不慮の死(暗殺(又は未遂)や病死)を遂げる」とする不吉なジンクスが密かに広まっているが、2020年当選のバイデン大統領がこの悪しきジンクスと無縁であることを祈るばかりである。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月20日掲載

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