海外で賞賛される「日本の伝統木造住宅」の価値を我々はどこまで理解しているか

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実は多い木造住宅

 現代の日本で新しく建てられる住宅のどれくらいが木造なのかはあまり知られていない。2020年でいえば、新しく建てられた住宅のうち57.6%が木造。これは共同住宅なども含んだ数字なので、一戸建てに限定すると、実は木造は90.6%だ。

 現代の日本に立ち並ぶ木造住宅のほとんどは「在来木造」と呼ばれるもので、一見、木造には見えない住宅や、近年多く見られるようになった、窓が小さく、壁が目立つ一戸建ても大抵は「在来木造(在来工法)」である。

 一方、海外で一目置かれる日本の木造の技能は、これとは似て非なる「伝統木造(伝統構法)」と呼ばれるものの方である。戦後の建築基準法は「伝統木造」を素通りし、現代において一般化した「在来木造」を法制度の拡充を通じて作り上げてきた。

 新著『森林で日本は蘇る―林業の瓦解を食い止めよ―』で、この伝統木造の価値を説明する白井裕子・慶應義塾大学准教授はこう語る。

「現存する世界最古の木造建築は、我が国の法隆寺です。7世紀はじめの建立(こんりゅう)といわれ、これだけの地震と台風に見舞われる国で、1300年もの間、建ち続けています。しかしこのような歴史的な木造建築でなくても、住宅レベルの日本の木造の技能も、海外では、とても評価が高いのです。米国では戦前、戦後と日本の庭園と木造が流行した時代もあるそうで、ドイツ、オーストリア、フランスなどでも日本の大工棟梁への賞賛を聞くのはいつものことです。むしろ日本よりも海外のほうが真っ当な評価をしているとすら思います」

 なぜ「日本よりも」というのか。実は当の日本では、伝統木造が継承の危機に瀕しているからだ。白井氏はこう続ける。

継承の危機に瀕する「伝統木造」

 「『伝統木造』となると、住宅レベルの大きさでも、今の日本で建てるには、手続きに時間と費用がかかって、建築困難な状況が続いているからです。それに加えて、伝統木造を建てられる大工棟梁の高齢化や減少も重なって、危機的な状況は深刻化しています。

 住宅レベルの小さな建築であれば、構造計算はしなくてもいいことになっています。しかし、建築基準法が定める「仕様規定」というルールは守らなければなりません。

 一般的な「在来工法」は、そもそも仕様規定に則(そく)したもので、建築の手続きは比較的シンプルです。ところが、住宅でも「伝統木造」を建てようとすると、仕様規定から外れますので、マンションレベルに要求される難しい構造計算が求められ、さらに「適合性判定」構造計算の二重チェックにも回されます。

 全国各地で歴史的な景観をつくり、大事にされてきた民家や町家を建て直そうとしても、現在の建築基準法の仕様規定に則(のっと)ると、足下から造りかえなければなりません」

 ルールに合わないのなら仕方がない、そもそもそれって危ないということなのでは? そう思う方がいるかもしれない。しかし、そうではないと白井氏は言う。

「国の大型事業を始め、伝統木造はさまざまな実験がされており、安全性が検証されてきました。ところが、大変な状況が改善されないように、積極的に法制度に反映されません。その理由の一つは、計算で安全性を証明できないからだ、といわれています。それならば何のために国費を投じて実物大の建物で耐震実験までしたのでしょうか。

 戦後、大量に植林した杉、檜は建築に使うためであり、そもそも我が国は国土の7割を森林が占める森林大国です。そして先ほどもお話ししたように、海外に出ると、この木を使って伝統木造を組み上げる大工棟梁の技能に対して賞賛の声を聞くのです。

 伝統木造は、木の性質を生かして建てる建築です。木が持つ性質をできるだけ生かす使い方を増やすことで、木の価値が正当に評価され、山林にもお金が還っていくのです。現在、増えている木材需要は安い木ばかりを求め、そこだけ増えても持続性は得られません。

 もちろん在来木造も、工業化住宅も、時代の要請であり、現代の日本には必要です。伝統木造を建てるほどの見識と技能を持つ大工棟梁は、ごく少数で、伝統木造住宅に住める方も限られています。他の木造住宅と競合するものでもありません。伝統木造が継承されていくことで、我が国全体の木造の技能、そして住文化が発展していくと思います。過去のものではなく、今でも伝統木造を知り、伝統木造を建てたい人、建てられる人もまだいます。我が国の強さとして世界に打ち出せるものの一つだと思います。しかし、現在の法制度などは、日本の強みを生かすことに積極的とはとても言い難く、残念に思います」

デイリー新潮編集部

2021年7月14日掲載

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