泥沼不倫から抜け出したい男、しがみつく女… 双方を取材した後、彼女が呟いた言葉は

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「別れたいならオレはいつでも」

 ある日、夏美さんが身の回りのものをもって信博さんの家にやってきた。家を出てきたのだという。

「ダンナにバレたと。そりゃバレますよね。『こうなったらあなたも奥さんに言って。離婚して結婚しよう』と夏美は言うんです。ごめん、オレ、結婚する気はないからと言うと、彼女が暴れ出してしまった。それを止めようとしてオレの手が彼女に当たったんです。そうしたら彼女が暴力だとわめいて……。そんなことを言うなら出ていけよと言ったら、死んでやるって騒いで。もうどうしたらいいかわかりませんでした」

 こういうときは抱くしかない……信博さんは、しかたなく関係をもった。彼女はようやく落ち着いた。

「翌朝、土曜日だったこともあって、彼女が寝ているうちにオレ、北海道に帰ったんです。このままだとすべてめちゃくちゃくにされそうだと思って。そうしたら起きた彼女が焦ったんでしょうね、北海道のオレの家に電話をかけて、妻にすべてをバラしたんです。どうやって番号を知ったのか……たぶんオレの携帯の電話帳を盗み見ていたんでしょうね。自宅に戻ると妻や義母が待ち構えていました。オレは『彼女はおかしいんだ、行くところがないというから泊めてあげたことはあるけど男女の関係ではない』と断言したんです。妻は疑ってはいたけど、『今度は家族でどこへ旅行しようか』と話題を変えて、追求を避けました」

 そのまま自宅に泊まり、月曜の朝、東京へ戻り出社した。出社してやっと携帯の電源を入れると、夏美さんからはメッセージも電話も100件以上入っていた。

「その晩、部屋に帰ると夏美がいました。『別れたくない、別れるなんて言わないで』としがみついてきたので、怒る気にもなれず、そのまま抱きしめてしまった。彼女は『これからはのんちゃんの言うとおりにするから』って」

 それ以降も夏美さんは、自宅と信博さんの家を行ったり来たりしている。ときどき落ち込んでいるのを見ると、家庭はどうなっているのだろうと思うが、そこは聞かないでおこうと信博さんは逃げているのだという。

「家庭の問題をオレたちの関係に持ち込むな、と言ってあるんです。身勝手なことを言っている自覚はあります。だけど正直言って、彼女が別れたいならオレはいつでも別れますよ。オレからしがみつくことはない。ただ、オレから別れたいとは言えない。それがずるいと言われればそうなんだけど……。愛情とは何かなんて言うガラじゃないけど、受け入れるというのもひとつの愛とは言えないですか」

 夏美さんとの関係については深く考えたくないという印象の信博さんだが、このときばかりは一瞬、苦痛にゆがんだ表情を見せた。その後すぐ、また普通の顔に戻った。あえて「悩まないオレ」を前面に出しているだけかもしれない。彼もまた夏美さんとの関係と家庭の狭間で考えることはあるのだろう。

夏美さんに報告すると…

 夏美さんに、彼と会って話したことを報告した。彼について何か言わなければいけないのかもしれないが、何も言うべき言葉はなかった。彼女も何も尋ねなかった。不倫がばれた夏美さんは、夫との結婚生活は続けながらも、苦しい状況に立たされている。

「最近、義父母が子どもたちに私の悪口を吹き込んでいるようなんです。確かに褒められたことはしていないけど、子どもたちの反応が怖い。夫も『おまえが家にいたりいなかったりすることが、子どもたちに悪影響を及ぼすと考えてほしい』と。子供には仕事だと説明してくれればいいのにと思ったけど、それは甘過ぎますよね。もともと義父母と夫からは、今でいうモラハラをずっと受けていました。うち、上が女の子なんですが、義母は初孫なのに病院にも来てくれなかったんです。退院して帰宅したら『女なんだってね』と一言。下の男の子のときに『やっと役目を果たしたね』と言われました。夫が長女を私立の小学校に入れようとして失敗したんですが、『あいつに似て頭が悪い』と義母と話しているのも聞いてしまった。私が早く子どもたちを連れて家を出ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれません」

 自宅にいても彼といても、泥船に乗っている感覚は彼女にとって同じなのかもしれない。だが信博さんは、そういう話は聞こうとしないだろう。彼は夏美さんに何も求めていない。受け入れるだけだ。夏美さんはおそらく、そのこともわかっていながら足掻いているのだろう。

「不毛な関係ですよね」

 夏美さんがぽつりとつぶやいた。不毛と言い切ってしまっていいかどうか、誰にも答えられない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月7日掲載

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