菅総理と「場当たり的」上司の共通点 背景にあるのは「このままでは評価が下がる」という不安?

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「1日100万人接種」の目標を強調する菅総理

 新型コロナワクチンの予防接種が本格化しているのは喜ばしいことなのだろうが、政権の思惑とは裏腹に、支持率アップの材料とはなっていないのが現実だ。

 その理由の一つは、菅総理が掲げている「1日100万人接種で7月末までに高齢者全員接種完了」という目標達成が怪しいから、ということがあるだろう。

 そもそも現在の接種人数は1日40万人台とされており、100万人には程遠い。7月末完了というのも、何となくオリンピックを意識してツジツマ合わせをしているように見える。そんな印象を持つ国民は少なくない

 また、各紙の政治記事からも、「100万人」「7月末完了」は菅総理が強く主張したもので、周囲の実務者は実現性に疑問を抱いている、といったことが伝えられている。自治体からも、「なんでもいいから7月に終われと言っても、終われるはずがない」(秋田県知事)といった不満の声が上がっているという。

 自民党の下村博文政調会長は、5月16日放送の「日曜討論」(NHK)で、この目標について「奇想天外な数字ではない」と語った。が、裏を返せばそのように言わなければならないほど「奇想天外だ」という見方が存在しているということだろう。

根拠なき「戦略(もどき)」を口にする上司

 トップが現実離れした目標を掲げて現場が混乱、疲弊する。これは組織に所属した経験を持つ人にとっては、一種の「あるある」的な状況かもしれない。

 日本テレコム(現ソフトバンク)執行役員法人営業本部長などを経て、企業向けのコンサルティングを行っている北澤孝太郎さん(東京工業大学大学院特任教授)の著書『「場当たり的」が会社を潰す』には、今の政権を想起させる「場当たり的」上司のエピソードが紹介されている(以下、同書より抜粋・引用)。

 ある時、大手企業の役員、本部長研修の前の打ち合わせに出向いた北澤氏は、各事業部の「今期の戦略」を事前に見せてもらっていた。しかし、そこにある「戦略」は、北澤氏にはとても「戦略」の名に値するものには思えない。そこで、その役員、本部長らに話を聞いてみることにしたという。

 話を聞いたのは、担当部署の今期の「戦略」として「売上対前年度8%アップ」を掲げていたA部長だ。

「本部長、この本部の第一の戦略は、売上対前年度8%アップを掲げてられます。つまりこれがこの本部の大きな目標ということなのでしょうが、根拠はなんでしょうか」

「根拠? そんなものありませんよ。しいて言うなら、前年が5%アップという目標を掲げていたにも拘らず、3%ダウンに終わったのです。当然、挽回してそれを超える目標を掲げなければなりません。このままでは、当部も危うくなりますからね。売上を上げることが第一優先です」

「なるほど。では、それを成し遂げるための戦術はなんでしょうか」

「今、それを考えるように部下に指示を出しているところです」

「本部長ご自身は、戦術は考えられないのですか。もし、的確なものが上がって来なければどうされるのですか」

「そのときは私が出しますが、私はあくまでとりまとめ役です。部下に考えさせて、実行させるのが本部運営には一番いいのです。結果はみんなの責任という意識になりますから」

“組織内の力学”に敏感な管理職

 客観的に見れば、方策を下に丸投げしているだけで無責任でしかないのだが、こういうタイプの管理職は珍しくないという。北澤氏はA本部長タイプの特性と心理をこう分析している。

「A本部長には、独りよがりの考えや主張はあっても、組織を動かす筋道というものが見えていません。それを考えた形跡すら見られないのです。

 実は、こういう人の思考法の背景にあるのは、『このままでは自分の評価が低下してしまう』という不安です、一方で、そしてそれを回避するためにはどうすべきか、という社内の力学には敏感です。自分が考える力がない分、部下に考えさせるという名目で責任を分散させようという『知恵』も感じられます。

 こういう人は、前年の業績が悪いと、あえて高い目標値を掲げがちです。これによって、自分は頑張っているのだ、とアピールできるからです。仮にその目標を達成できなくても、問題ありません。さらに別の高い目標を再設定したうえで、同様の指向を持つ上司にアピールし、再挑戦の機会をもらうように動くのです」

 A本部長の姿勢は、どこか高い目標をぶちあげる総理の姿と重なりはしないだろうか。

 その菅総理が総理就任直後に刊行した著書『政治家の覚悟』(文春新書)には、何度となく「最初、官僚ができないと言ったけれども、自分が『絶対にやる』と指導力を発揮して実現できた」という自慢めいたエピソードが登場する。その代表例が「ふるさと納税」だ。

 しかし、これら「実現」できたことはほぼすべて、平時における法改正や制度改正、あるいは人事異動のレベルばかり。

「官僚は本能的に政治家を注意深く観察し、信頼できるかどうか観ています。政治家が自ら指示したことについて責任回避するようでは、官僚はやる気を失くし、機能しなくなります」(『政治家の覚悟』より)

 果たして「100万人」「7月末完了」が実現できなかった際、総理からはいかなる言葉が発せられるのだろうか。

デイリー新潮編集部

2021年5月26日掲載

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