阪神の異色4番打者列伝…わずか1試合で“栄光のメンバー”に名を連ねた男

スポーツ 野球 2021年5月21日掲載

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「テル4番でいいんじゃないかな」

 阪神のルーキー・佐藤輝明が、5月2日の広島戦で107代目“虎の4番”を襲名した。背中の張りを訴え、攻守に精彩を欠く大山悠輔(101代)の代役だったが、いきなり勝利を呼ぶ逆転満塁弾を放ち、見事期待に応えた。その後も4番を打ち、まずまずの成績を残している。矢野耀大監督は「まだ4番だとは思っていないよ、全然」と“仮免4番”を強調しつつも、「今のメンバーを見ていくなかで、テル4番でいいんじゃないかなっていうものを見せてくれている」と成長ぶりを評価した。

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 ちなみに、阪神の歴代4番打者の中で、最も長くその座を守ったのは、藤村富美男(3代)の1069試合。以下、金本知憲(89代)の921試合、田淵幸一(43代)の812試合、掛布雅之(52代)の800試合、遠井吾郎(31代)の524試合、藤本勝巳(29代)の518試合と続く。

 その一方で、わずか1試合だけの4番も11人いる。彼らがどんな事情で4番に抜擢され、どのような成績を残したのか、虎の“異色4番打者”の歴史を振り返ってみよう。

61代目のプレッシャー

 1試合限定の4番といえば、“代打男”川藤幸三もその一人。1980年10月5日のヤクルト戦、ダブルヘッダーの第2試合で、4番・川藤が実現した。

 掛布が腰痛で登録抹消され、真弓明信(55代)、ラインバック(51代)、竹之内雅史(53代)と故障者が相次いだチーム事情に加え、ヤクルトの先発が左の神部年男とあって、試合開始早々、偵察要員に代わって“左キラー”川藤が4番レフトで出場した。同年の川藤は、7番でスタメン出場するなど、代打以外の起用も多く、キャリアハイの打率.362をマークしている。

 そんな好調ぶりを持続して2回に先頭打者として一塁内野安打を放った川藤だったが、4回無死一塁のチャンスでは二ゴロ併殺に倒れ、3、4打席目も凡退の4打数1安打と今ひとつ。試合も1対3で敗れたものの、57代目4番として、栄光のメンバー入りをはたすことになった。

 一方、日本ハム時代に“不動の4番”だった柏原純一も、86年9月3日の大洋戦で阪神時代唯一の4番を打った。

 掛布が左第一中手骨剥離骨折で抹消中。岡田彰布(59代)もこの日、入院中の父・勇郎さんが死去したため、吉田義男監督の温情で欠場。“OK砲”不在のなか、阪神はバース、柏原、永尾泰憲のクリーンアップで試合に臨んだ。

 日本ハム在籍の前年4月25日以来の4番となった柏原は1、2打席目に凡退したあと、バースの一発で1点を返したあとの6回に「打順より打線のつながりを考えて」中前安打を放ったが、試合は1対6の完敗。4番経験豊富なベテランも、名門の61代目4番のプレッシャーは相当なものだったようだ。

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