阪神の異色4番打者列伝…わずか1試合で“栄光のメンバー”に名を連ねた男

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鬼(02)のように強く

 古巣相手にプロ初の4番で登場したのが、田尾安志だ。90年8月7日の中日戦、本来の4番・パリッシュ(63代)が下痢でスタメン落ちし、その代役として前日まで5番を打っていた田尾に64代目4番の座が回ってきた。

「何か妙な感じだったですね。『4番ライト・田尾』っていうアナウンスが…。ジュニアオールスター(76年)ではあるけど、それ以外はないと思う」と戸惑いながらも、7回の4打席目に右前に4番初安打を記録すると、5対5の9回にも中前安打を放ち、八木裕(66代)の決勝2ランを呼び込んだ。勝利につながる安打で4番の責任をはたした田尾は「とにかく勝てて良かったです」と胸をなで下ろしていた

 阪急時代にブーマー、石嶺和彦(94年の阪神移籍後に70代目4番)と4番の座を争った松永浩美も、阪神は93年の1シーズンのみの在籍ながら、1試合4番を務めている。

 同年の松永は開幕直後、6月と二度にわたってけがで長期離脱したことから、オールスター明けの戦列復帰を前に「鬼(02)のように強く」と縁起をかついで背番号を「2」から「02」に変更した。

 復帰初戦の7月26日のヤクルト戦、6番サードで出場した松永は、“02番効果”の2号ソロで勝利に貢献すると、同28日の広島戦で5番。さらに翌29日の広島戦では、右肘に死球を受けたオマリー(65代)に代わって68代目4番を任された。

 この試合でも松永は3回に右前安打を放つなど、3打数1安打1四球とまずまずの結果を出したが、2打席連続弾で勝利のヒーローなった3番・新庄剛志(同年10月1日の中日戦で69代目4番)の陰に隠れた感も強く、これが松永にとって、翌年のダイエー移籍後も含めて最後の4番となった。

全打順経験の珍記録

 最後に番外編。2試合限定で4番を打ち、“プロ15年目の生え抜き4番”と話題になったのが、11年の関本賢太郎だ。

 同年9月1日の中日戦、「4番・関本」の場内放送にスタンドからどよめきが起きた。打撃不振の新井貴浩に代わっての抜擢で、新井は7番降格。「つなぎ? いや、全部含めて現状ではセキが一番だと思った」(和田豊打撃コーチ)という理由から、92代目4番・関本が誕生した。しかも、これによって、1番から9番までの全打順を経験する珍記録を達成するというオマケも付いた。

「ミーティングのとき言われて、『マジ?』という感じだった」と驚いた関本だったが、0対3の7回無死二塁で中前タイムリーを放ち、反撃の狼煙を上げると、新井も意地のタイムリー2本で続き、3対3の引き分け。「(4番は)しんどいっすよ。新井さんの大変さがわかった」と痛感させられた関本は、9月4日の横浜戦では併殺打を含む3打数無安打といいところがなく、4番の座を返上することになった。

 冒頭で触れた佐藤が“真の4番”に成長し、大山も復活すれば、虎の4番は安泰になるが、2人の調子いかんによっては、新たな異色4番が誕生する可能性もあるかもしれない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」上・下巻(野球文明叢書)

デイリー新潮取材班編集

2021年5月21日掲載

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