イノベーションが起きる条件は「人口密度」? シリコンバレー、ルネサンス期のイタリア(古市憲寿)

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 昔、風光明媚な北欧の島に、それほど仲良くない熟年カップルと一緒に出かけてしまったことがある。3人で島の名所を巡ったのだが、久しぶりに恋に落ちたらしい彼らの、たどたどしさや、ぎこちなさばかりが印象に残っている。

 今となってはいい思い出だが、当時はしみじみと思ったものである。旅行は、どこに行くかよりも、誰と行くかのほうがはるかに重要である、と。

 実際、旅の記憶というのは、場所そのものというよりも、感情と共に蘇ることが多い。そして感情というのは、一人きりよりも、誰かといる時に抱きやすい。

 これまでの人生で2回、アウシュビッツ強制収容所跡地へ行ったことがある。

 1度目はノルウェーへの留学中、友人と3人での訪問だった。僕たちは既にウィーンやプラハを巡る10日間の旅程で、何となく気まずくなっていた。だから正直なところ、人類史に残るジェノサイドの現場に行ったという畏怖の念よりも、「どうしてこのメンバーで来てしまったのだろう」という戸惑いを思い出してしまう。

 2度目は講談社の編集者と共に取材として訪れた。博学な彼と共に、博物館としての展示方法などをブレストのように議論できた時間は、同じ場所の記憶にもかかわらず、まるで別の体験として蘇る。

「誰と」が大切なのは、旅に限らない。どのような他者と共に人生を送れるかは、個人の幸福感のみならず、その成果物にも大きな影響を及ぼす。

 人類史上、イノベーションと呼ばれるものは、人口密度の高く、豊かな都市で生まれている(マット・リドレー『人類とイノベーション』)。現代のシリコンバレー、ルネサンス期のイタリア都市国家はもちろん、農業は肥沃な川の流域で、石器のイノベーションも魚介類の豊富な南アフリカで起こった。

 対照的に、孤立した環境では、イノベーションどころか、一度は導入したテクノロジーの放棄さえ起こるという。ヨーロッパの探検家が到着するまで、オーストラリアのタスマニア島の住民は外界との接触がなく、近代まで狩猟採集の生活を続けていた。要は、人口が多く優秀な人が集まりやすい場所にいたほうが、お互いが影響し合って、創造性が高まるということなのだろう。

 もちろん農業が人類を不幸にしたという説もあるように(貧富の差や腰痛の原因になった)、必ずしもイノベーションが同時代人を幸せにするわけではない。

 しかしどんな環境に身を置くかは重要である。生まれる場所を選ぶことはできないが、生きていく場所を選択していくことはできる。世界の自由度 国別ランキング(2021年)によれば、日本は12位で、まあまあの上位と言えるだろう。

 今でもふとあの熟年カップルのことを思い出す。その後、幸せになったか、それとも別れたのか。もう名前さえ忘れてしまったが、二人の微笑ましい写真だけは残されている。削除しようか迷ってそのままにした。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2021年4月8日号掲載

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