世界がうらやむ「サシミで食あたりしない国」ニッポン

社会

 外国人観光客向けの観光地として東京・築地の卸売市場はもはや定番になった感がある。ただ、日本人でもどのようなルートをたどって築地まで魚が届くのかを知らない人も多いのではないだろうか。というのも、魚が消費者に届くまでのルートはかなり複雑だからだ。

 消費者にまで届くには、(1)漁業者、(2)漁協、(3)産地仲買人、(4)荷受、(5)仲卸、(6)小売店を経なくてはならない。築地はこのうち(4)と(5)が取引をする場所(消費地卸売市場)ということになる。日本全国にはこういう市場が300ほど存在している。

 シンプルに考えれば、こんなややこしいルートをたどらず、できるだけ漁業者と消費者の間をショートカットしたほうが良さそうにも思えるのだが、実はこの複雑さが、日本人の誇る魚食文化を支えているのだという。

 鹿児島大学水産学部教授の佐野雅昭氏は、『日本人が知らない漁業の大問題』で、「複雑すぎる流通には理由がある」と説明している(以下は同書より)。

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■「サシミでお腹をこわさない」奇跡の国

 先日ある国際学会で講演した際、他国の研究者から質問されました。

「私は日本食が好きで日本に来るとよく刺身を食べるが、それでお腹をこわしたことは一度もない。しかし自国に帰って刺身を食べると、必ずお腹をこわす。なぜ日本の魚はこれほど安全なのか?」

 日本人には当たり前のことも、他の国から見たら何とも不思議なようです。

 卸売市場流通では日常的にサンプル検査が行われ、衛生的に基準を満たさないものは排除されてきました。またどの業種・業態においても専門的知識と的確なハンドリングのノウハウ、高いモラルとプライドを持った魚の専門家が水産物を扱い、刺身で食べることを当然の前提とした迅速な流通と適切な品温管理を行っています。彼らはまた、豊富な知識と柔軟な技能によってどんな魚でも的確に扱うことができます。

 だから、これだけいろんな魚種が刺身で食べられていますが、お腹をこわす人は全国的にも年間を通してほとんどいないのです。これ自体が奇跡的で、世界中でここまで柔軟で高度な流通システムは他にありません。

 このことを私たちは再認識し、それを大切にすべきではないでしょうか。日本では水産物の安全性は当たり前ですが、国際的に見れば驚きに値する仕組みです。

■国産魚は無印でも安全

 卸売市場流通は刺身文化を支える高機能で柔軟な安全装置です。あれこれ認証がついた輸入魚と同じくらい、国産魚は無印でも安全なのです。

 この流通システムは、そこで働く「人」を信頼し、「人」に依存してきた制度だと言えます。

 一方、主としてアメリカを起点とするHACCP(危害分析重要管理点)などの安全性認証制度は、そこで働く人々がプロではないことを前提としたものです。

 経験の浅い非正規労働者でも最低限の衛生管理が実現できるように、厳しい規制や管理制度を重視するのです。「人」を信用しない社会の産物です。

 海外に水産物を輸出する際には必要な制度であることは理解しますが、国内で流通する分にはまったく必要ありません。むしろ機能の退化を招くものでしかありません。

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 ともすれば、最近は市場原理を優先して、水産物の流通に関しても「合理化」を進めようとする動きがあるという。これに対して佐野教授は「日本が世界に誇る高機能な水産物流通システムを捨て去り、代わりに米国発のシステムを導入する必要はない。それは日本の魚食文化の放棄です」と警鐘を鳴らしている。

デイリー新潮編集部