世界の教育ニーズを根こぞぎ持ってくる――永瀬昭幸(株式会社ナガセ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 浪人向けから現役向けの予備校に転換し、いまや東大現役合格者の3人に1人が出身者という「東進ハイスクール」。経営するナガセは中学受験の「四谷大塚」なども運営するが、社会人教育にも進出し、幅広い年代で明日を担う人材を作らんとしている。そして新たにAI人材育成で世界を目指す。

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佐藤 31年続いた大学入試センター試験に代わって、今年から大学入学共通テストが始まりました。1月の試験を終えて、どんなご感想をお持ちですか。

永瀬 平均点は多くの科目でセンター試験より上がりました。だから易化したと言えるのですが、私どもは試験の後、900点満点で20点くらいは下がると予想を出してしまったんですね。

佐藤 私もそう思いました。主だった教科を解いてみましたが、意外に難しい。数学でサイコロが出てきて確率かと思ったら1次方程式の問題なので驚きましたし、国語の現代文は大正時代の作家、加能作次郎の私小説でしょう。もはやほとんど忘れられた作家で、これには予備校でも対応するのが難しい。

永瀬 弊社でいろいろ分析してみると、上位の生徒が点数を取りにくくなっているのがわかりました。逆に下位の生徒は取りやすかった。数学なら、センター試験だと「15分の2」という解答に「1」と「5」と「2」と数字をマークしなくてはいけませんでした。ところが今回は、選択式の問題が増えましたから、まぐれ当たりの確率も高くなっていたんです。

佐藤 私は英語と数学は難しくなった気がしました。

永瀬 ええ。普通であれば、下がるはずなんですけどもね。私どもの東進ハイスクールに通う生徒たちの標準偏差を見ると、非常に縮まっています。特に上位のほうで縮まっている。そこからも、できる生徒には点が取りにくく、できない生徒は取りやすいということが言えます。もっとも他ではそうでもないところもあり、そこは少し驚きました。

佐藤 母集団が違うということですね。

永瀬 わりと優秀な生徒たちが多いものですから、それで予想を誤ってしまったところがあります。

佐藤 東進ハイスクールは現役生のための予備校で、例年、東京大学の現役合格者の3人に1人は通っています。これはすごい数字です。

永瀬 ありがとうございます。ただ1985年に開校した数年後には、私たちも浪人生中心の予備校だったんですね。

佐藤 当時は駿台予備校、河合塾、代々木ゼミナールが三大予備校でした。

永瀬 浪人予備校を始めて3年くらいはよかったのですが、1990年代に入ると、浪人生が減り始めます。また人口も減っていきますから、子供自体の数が少なくなった。私どもは駿台、河合塾、代ゼミに続き、四大予備校の一角を占めるようになりますが、浪人生減少でまっさきに苦しくなったのが弊社です。

佐藤 新興勢力の方が影響を受けやすいのですね。

永瀬 新しい予備校には、どうしても上位の生徒が来ません。浪人生減少で一番打撃を受けたのが、私どものレベルです。毎年、2割、3割と減っていった。

佐藤 それで事業のかたち自体を見直したのですね。

永瀬 はい。1993年くらいから、これからは現役生でやろう、それも上位の難関大学を目指す予備校にしようと方向転換しました。

佐藤 それが成功したわけですが、決め手になったのは何ですか。

永瀬 結局は先生だと思いますね。もともと東進には、生徒たちを夢中にさせる先生が何人もいました。「金ピカ先生」の英語の佐藤忠志先生や「古文のマドンナ先生」と呼ばれた荻野文子先生などですね。でも東大を目指すとなると、彼らだけでは十分ではない。東大志望者には、受験テクニックだけでなく学問の本質に迫る授業を展開する先生方が必要になってきます。

佐藤 テレビに引っ張りだこの林修先生はその一人ですか。

永瀬 はい。非常に熱心ですし、東大志望の生徒たちを教えるのが極めて上手です。東京・名古屋・大阪で授業をされていますが、移動の時間も惜しんで、生徒の答案200名分くらいを持って新幹線に乗り込み、細かく添削されています。その書き込みを見て、もう生徒は大ファンになってしまうんです。

佐藤 林先生を見ていると、その強さは、机に向かわない生徒をいかに机に向かわせるかという技法にあると思いました。机に向かう習慣さえできれば、多くの人は伸びていきます。

永瀬 授業も素晴らしい。林先生だけでなく、数学や英語も高度な授業ができる先生を集めました。数学などは、この定理はどういうところからできたのか、という根源的なところから入っていくのです。昔、東大入試で円周率の値に関する証明問題が出たことがありますが、数学の根源に触れるような授業をすると、東大志望の生徒たちは非常に喜ぶ。

佐藤 東大に入るような生徒には、もう中学時代に高校の数学まで終わらせてしまう人もいますからね。

永瀬 そうした優秀な生徒を集めることでも、いろいろ工夫をしました。「大学への数学」という雑誌がありますね。そこに東進からの挑戦と題して難問を載せて、解答を求めたのです。

佐藤 それならハイレベルの生徒が面白がってやってきますね。

永瀬 上位の生徒を集めるのは簡単ではありません。そうした積み重ねをもう20年がかりでやって、レベルを上げてきました。

学習プランはAIで

佐藤 現役予備校への質的転換を図ると同時に、永瀬さんは全国に予備校のフランチャイズ展開を行い、そこへ通信衛星を使って授業を配信するという非常にユニークな手法で事業を拡大されてきました。

永瀬 東進ハイスクールの前身となる塾を始める前、私は2年ほど野村證券に勤めていましたが、その頃からフランチャイズ展開には興味があり、ある程度の知識はありました。弊社には人気講師もいましたし、一定の評価もいただいていたので、各地の塾に声はかけやすかったですね。

佐藤 通信衛星を使ったのは、東進が最初ですか。

永瀬 それはまず河合塾が最初にやって次が代ゼミで、私どもはその次です。でも河合塾も代ゼミもただ中継するだけなんですね。もっと工夫できないかと、好きな時間に見られるようにしたり、トランスポンダー(無線中継器)の帯域を4分割して4チャンネル化したり、いろいろ試みましたね。また予備校ではなく、個人向け授業の衛星放送に挑戦したこともありましたが、インターネットの普及で劇的に変わりました。

佐藤 教育業界にも革命が起きた。

永瀬 パソコンを使えば、インタラクティブ(双方向)なやりとりが可能になります。そうすると、テストで生徒の弱いところがわかるようになる。例えば数IIBのベクトルで点数が取れなければ、そこを集中してやればいいということになる。

佐藤 同時にデータも蓄積されていきますね。それが東進独自のAI(人工知能)による学習指導につながるわけですね。

永瀬 「志望校別単元ジャンル演習講座」と言いますが、AIによる学習診断で、合格に必要な、取り組むべき単元・ジャンルと問題レベルを把握し、「必勝・必達演習セット」を作って生徒に勉強させます。

佐藤 いつから始めたのですか。

永瀬 今年で4年目になります。簡単に言えば、AIで弱いところを特定して、その対策をするのですが、そのためには、これまでのすべての試験問題にタグ付けしていかなければなりません。一問一問、問題を読み解いて、どの単元の中のどの章、どの節が含まれているか、目印をつけていく。最初は、東大本郷キャンパスの近くにある建物に東大生を集めて、人力でやっていました。

佐藤 それは気の遠くなるような作業ですね。

永瀬 いまはスキャンした問題をAIが読み込めるようになってきましたから、90%くらいはAIで、残りの10%を人間の力でタグ付けしています。また、過去の生徒たち延べ100万人超が解いた問題、約200億の演習データをデータベース化しています。

佐藤 効果のほどはいかがですか。

永瀬 これはもうはっきり出ます。先ほど触れましたが、それぞれに必勝・必達演習セットを提示して、その25%をやればこのくらいの合格率で、50%やれば、さらに合格率は上がるという結果が出ています。もっとも75%と100%の間には、そう差はありません。その人にとって苦手なところを先に持ってきて勉強をさせますから。

佐藤 そうなると、生徒も頑張りますね。

永瀬 他にも過去問を何年分やったという要素も加えると、合格率はもっと顕著に上がります。

佐藤 データサイエンスの発想で、効率的な勉強法が生まれたのですね。

永瀬 しかも、それをいつやればいいかもデータではっきり出てくる。過去問は本番の2~3日前にやればいいと言う人がいますが、とんでもない話です。過去問はいまからどういう対策が必要かを知るためにやるものですから、夏休みにはやっておかないといけない。

佐藤 過去問は大学の顔ですからね。自前で入試問題を作っている大学を受験するなら、過去問対策は不可欠です。

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