世界の教育ニーズを根こぞぎ持ってくる――永瀬昭幸(株式会社ナガセ代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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1・5倍速の授業

永瀬 結局、点数を上げるには、二つのことが重要になります。まずはモチベーションを上げることです。一所懸命にがんばろうという気にならない限りは無理です。

佐藤 東進では、そのためにグループを作って勉強させていますね。

永瀬 生徒4~6名でグループを作り、自分の学習の進捗状況や来週の目標を発表したり、ある一つのテーマでディベートしたりと、仲間同士が刺激しあえる環境を作っています。モチベーションの重要な要素は、そうしたライバルがいることです。ただし評価については、絶対評価を重視する。

佐藤 仲間との勝ち負けではない。

永瀬 模試の順位や偏差値で見たら、伸びた生徒が半分いれば、当然、半分は下がります。努力しても下がることがある。東進では共通テストと同じレベルの模試を年に6回実施します。900点満点で最初は450点でも、2カ月後に500点取れれば50点分の努力をしたことになる。次は550点を取るべくがんばればいい。そうやって最終目標となる点数に近づくようにする。努力すれば誰でも絶対評価は上がります。

佐藤 そこは「やる気」に直結します。

永瀬 もう一つはシステムです。これはきちんとした教材、テストを用意することです。テストはいい点数を取るためだけではなく、どこが弱いかを把握するためのものです。弱点がわかれば、勉強する箇所がわかる。テストや模擬試験は、そのヒントを与えてくれる貴重な機会です。

佐藤 私も同志社大学で月に1回、集中講義を行っていますが、毎回、授業の冒頭でテストをやります。

永瀬 重要なことです。東進の授業には必ず確認テストがあります。この確認テストに受からないと次の回の受講ができないようにしてあります。SS、S、A、B、Cと評価し、SSが90点くらいでSだと80点、ここまでが合格です。合格するために、生徒たちは集中して授業を受けるようになりますし、自分なりに復習も始めて、どんどん一度でクリアする人が増えていきます。

佐藤 それはいい仕組みです。

永瀬 また東進の授業は、標準と1・5倍速の2種類のスピードで受講できます。1・5倍速なら90分の授業は60分になりますが、それでもちゃんと聞き取れますし、集中して聞くようになりますから、頭の回転も速くなる。

佐藤 映像授業ならではの発見ですね。

永瀬 ゆったりした先生の授業は、受講している生徒に、途中で他のことを考える余裕が生まれるので、集中力を失ってしまいます。データを見ると、1・5倍速で受けている生徒たちのほうが、確認テスト合格率も高い。やはり人間は集中すればするほど効率的になるし、ポテンシャルも引き出されてくる。

佐藤 永瀬社長の勉強法の哲学は「合理的」「集中力」そして「学習時間」の三つがポイントですね。ほとんどの高校生はまだ合理的な計画が立てられませんから、そこはAIを使いながら個々のプログラムを組んであげる。そして生徒たちのプライドを傷つけないようにしながら集中力を高めさせて、密度の濃い学習時間を作る。これらがすごくシステマティックにできている。

永瀬 やはり予備校ですから、結果を出さなければなりません。本気で生徒の第1志望校合格を考えているのは、予備校をおいて他にないと思います。

AI人材の育成

佐藤 東進では、社会人教育もやっていますね。

永瀬 英語研修などのお手伝いをしています。TOEICのスコアを上げるなら、他よりもはるかに点数が伸びますよ。

佐藤 どんな方が受けにくるのですか。

永瀬 さまざまな企業から依頼がありますが、特に熱心なのは都市銀行の方々ですね。TOEIC対策を半年間でお引き受けすると、だいたい新卒で150点くらい上がります。

佐藤 スタート時ではどのくらいの点数の人たちですか。

永瀬 600点くらいですね。

佐藤 英検に換算すると、英検2級が準1級になる感じですね。それを半年でやるのは、とても効率がいい。

永瀬 これも最低月1回はテストをやります。お互いライバル同士ですし、人事の方からも応援がありますから、みんな高いモチベーションを持っていますね。

佐藤 TOEICは730点が一つの目安だと思います。国家公務員のキャリア試験である総合職試験はTOEICの得点が730点だと、英語で25点加算されるのです。

永瀬 さまざまな会社を見ていて思うのは、会社が強いかどうかは、社員力だということです。そのために一番いいのは優秀な人を採用する。それが難しければ、採用した人を一所懸命に訓練することです。私どもは四谷大塚の小学生から東進ハイスクールの高校生まで教えていますが、社会人向けの教育のニーズも高いと思っていました。例えば銀行を考えると、これから経理や総務系の仕事はどんどんなくなり、リストラか営業職などに回ることになります。メガバンクなら1行当たり8万人が不要になるという試算があり、3行なら24万人です。彼らが失意の日々を送るか、もう一度、充実した日々を送るかは、彼らの再教育にかかっている。

佐藤 そこを担う存在になっていくわけですね。

永瀬 まずはTOEICから入りましたが、昨年11月には全米大学ランキングAI部門第1位のカーネギーメロン大学と、データサイエンス部門第1位のカリフォルニア大学バークレー校と提携しました。AIをはじめ最先端技術を、ビジネスに活用できる人材を養成する東進デジタルユニバーシティをはじめます。

佐藤 それは面白い。

永瀬 どの会社もいまAIやデータサイエンスの人材がいなくて困っています。AIがわかるという人がいても、まだまだ一作業者のレベルです。仕組みを根幹から作ったり、世界の最先端の知識を吸収して製品に生かしたり、新しいビジネスモデルを作れるという人はいません。そうした人材を育成しようと思っています。

佐藤 そこには大きなニーズがありますよ。

永瀬 はい。どの企業でもそうした人材が欲しい。でもスカウトするにも、人事体系がありますから、いきなり年収2千万円を提示するわけにはいきません。それなら自分の社員を育てればいい。この間、銀行の方と話したら、それに数千万から1億くらいは出してもいいとおっしゃっていましたね。

佐藤 この分野をきちんと教えられる教育機関はそうありませんからね。

永瀬 そうでしょう。だから外国の大学と提携する。そこで、銀行で仕事のなくなった経理の人が学べば、その知識を生かして素晴らしいプログラムを作れるかもしれない。もともとある分野の専門知識を持つ人が学べば、AI技術の専門家にはできないものが作れます。

佐藤 永瀬社長は、四谷大塚やイトマンスイミングスクールなどをグループ化してきましたが、人を育てるという観点から事業がどんどん広がっていますね。

永瀬 東大に合格させるというニーズは日本だけです。それに対して、ITやAIの技術は、欧米でもインドでも中国でも求められています。だから教育の仕組みを構築してネットワークを作ってしまえば、少なくとも日本の10倍の仕事にはなります。

佐藤 グローバル展開ができる。

永瀬 いままで教育はローカルな世界に閉じ込められていました。それがITによって、世界に広げることができるようになった。日本にはまだ世界の教育のニーズを根こそぎ持ってくるような企業はありません。日本は宗教色が強くないし、政治的なイデオロギーも偏っているわけではありませんから、教育分野の世界展開においては有利です。いま私は72歳で、あと何年頑張れるかわかりませんが、AI人材の育成から世界を目指したいですね。

永瀬昭幸(ながせあきゆき) 株式会社ナガセ代表取締役社長
1948年鹿児島県生まれ。東京大学経済学部卒。在学中に学習塾を作り卒業後は野村證券に入社。2年で退職、ナガセの前進・東京進学教室を設立する。85年東進ハイスクール開校。91年通信衛星での授業配信を始め、翌年フランチャイズ展開を開始。2006年四谷大塚、08年イトマンスイミングスクール、14年早稲田塾をグループ化。

週刊新潮 2021年3月18日号掲載

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