事件現場清掃人は見た 息子の死臭が漂う部屋で母親がとった行動に涙が出た理由

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 孤独死や心中などで、遺体が何日も発見されなかった部屋は見るに堪えない悲惨な状態になる。それを原状回復させるのが、特殊清掃人と呼ばれる人たちだ。2002年から特殊清掃人になり、昨年『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)を上梓した高江洲(たかえす)敦氏は当初、この仕事に嫌悪感を抱いていたという。ところが、そんな気持ちを一変させたのは、息子を亡くしたある母親の行動だった。

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 遺体が何日間も放置されると、どうなるかご存知だろうか。夏場なら2週間も経てば、遺体から大量に流れ出た体液は床に浸透する。木造アパートなら、階下の天井にまで達するという。

「死臭は耐え難く、最初は何度も吐きました。なんでこんなことをしているんだろうと、涙があふれたこともあります」

 と語るのは、高江洲氏。

「最初、この仕事に嫌悪感を抱いていたのですが、清掃現場で息子を亡くした母親の行動を見た時、気持ちが180度変わりました」

 それは、17年前の夏だった。死後2週間から1カ月経った30代の男性が発見されたのである。

「現場は2階建てのアパートでした。2階の角部屋に入ると、すでに荷物を運び出す作業が始まっていました。玄関の前に、初老の女性がうつろな目をしてへたりこんでいました。故人の母親のようでした。ジーンズの膝が汚れ、軍手も茶色に染まっていました。ひと目で、彼女が遺体跡の汚れを掃除していたことがわかりました」

息子の後始末をする母親

 母親は、荷物を運ぶ業者に「どうもすみませんでした。どうもすみませんでした」と何度も頭を下げていたという。

「フローリングに影法師のようにくっきりと残っている遺体の跡を見て、思わず『あっ』と声がでました。遺体から出た脂が布団を通して床に染み込んだのでしょう」

 母親は、息子の血液や体液を拭き取っていたという。

「息子さんの遺体はだいぶ前に運び出されていましたが、彼女にとっては床に残った体液や血液は、自分の子どもの身体の一部なのでしょう。母親はどんな気持ちで掃除していたのでしょうか。でもきっと、悪臭を悪臭とも思わなかったはず。それを思うと、切なくなりました。これも人の役に立てる仕事だと思い、本業にしようと決心したのです」

 高江洲氏は、汚れが拭き取られたフローリングをさらに念入りに拭き、消毒し、蛆虫やハエを処理した。運送業者は引き上げ、母親と2人だけになった。

「母親と話をしていると、アパートの大家さんがやってきて、顔を真っ赤にして怒鳴るのです。『臭いが下の部屋までするんだよ!リフォームして入居者も決まっていたのに、お前のせがれのせいで契約も解除になっちまったじゃねえかよ!気味が悪いって隣の部屋も出てっちゃったじゃないか、どう責任取ってくれんだよ!』。すごい剣幕でした。母親はまた何度も謝っていました」

 高江洲氏は、大家に階下の部屋を見せてもらったという。

「遺体から出た体液が床板の隙間から天井材を通り、天井板からも染み出してクロスまで汚しているのがわかりました。臭いも相当なものでした。これが遺体の発見につながったのです」

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