「二階俊博」が“総理以上”の権力を持つ理由 永田町で囁かれる“都市伝説”とは

国内 政治 週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

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“人物”が消えて久しい永田町。「今太閤」もいなければ、「剛腕」も今は昔。その間隙をつくように、いつの間にか「絶対的権力者」に上り詰めた者がいる。自民党幹事長、二階俊博。人呼んで令和のキングメーカー。だが、鵺(ぬえ)の如く正体不明。その男、面妖につき――。

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「GoToキャンペーンには、国民の多くの皆さまが不満を持っていると思います!」

 独特の抑揚を伴ったおどろおどろしい声が響き渡る。

 2020年12月6日午後0時56分、和歌山県御坊(ごぼう)市。

 長閑(のどか)な田園地帯。

 雲ひとつない快晴。

 不釣り合いな姦(かまびす)しさ。

「はやぶさ2」のカプセルが地球に帰還し、久しぶりの明るいニュースに日本中が沸いたこの日、権力の中心地である東京・永田町から463キロ離れた田舎町は、普段の静謐とかけ離れた異様な喧騒に包まれていた。

「言わずと知れた親中派、親韓派!」

 片側2車線の県道185号線、通称「18メートル道路」は、けたたましい怒声に支配されると同時に渋滞の度を深めていく。

〈大日本〉

〈皇道宣布〉

〈維新〉

 日の丸とともに、勇ましい文字をボディに刻んだ車列が、道路を徐行巡回しながら拡声器でがなり立てる。その数、実に二十余台。

 空模様とは裏腹に、御坊の空気は一気に怪しくなり始める。

「我々は国賊を徹底糾弾すべく立ち上がっております!」

 60人超の機動隊員らが、道路を行き交うものものしい車群に目を光らせる。

〈大阪〉〈神戸〉〈奈良〉〈滋賀〉〈岐阜〉〈愛知〉〈愛媛〉……。

 異なる団体の車群のナンバープレートに記された各地の地名。さながら「日本の右翼大集結」の図だった。

 機動隊vs.右翼大連合。

 殺気立つ18メートル道路付近に野次馬が集まり、地元の老女は何事かと目を丸くして、近所の犬が吠える。騒然が騒然を呼ぶ、混乱の負のループ。その中心には、ある政治家の事務所が鎮座していた。

 右翼のボルテージがいや増す。

「GoToキャンペーンの委託先は全国旅行業協会。その会長は二階俊博なのであります!」

「日本の国益を脅かすパンダ二階はこの日本から出て行け!!」

「国賊の鑑のような方であります。絵に描いたような、売国奴の鑑のような方であります!  彼は決してパンダではありません。二階先生は犬なんです!!  ぶさいくな中国犬なんです!!!」

 中央政界では総理を作り出す力を持つ大政治家、二階俊博。だが地元御坊では、「右翼を呼ぶ男」として奇異な視線を向けられ迷惑がられている。

 キングメーカーにして国賊扱い。

 この奇怪な男は一体何者なのだろうか――。

「菅・二階政権」

〈行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし〉

「一強総理」として国のトップに君臨してきた安倍晋三は再び病に倒れた。

 その後を襲い、国民に好感をもって迎えられた菅義偉も、政権発足3カ月にして早くも不支持率が支持率を上回り、〈とゞまることなし〉の影がちらつく。

 目まぐるしく潮目が変わる現代日本政治という大河の流れの中で、権力の中心にとどまり続けられた者はいない。振り返れば、民主党政権時代も含め時の権力者、実力者は〈かつ消え〉を繰り返してきた。

 だが今、大河の怒濤の水流に、ひとり抗し、とどまり続ける者がいる。

 自民党幹事長、二階俊博。

 20年9月8日、齢81、傘寿を過ぎた二階は自民党幹事長の通算在職日数が1498日となり、師匠の田中角栄を超え「歴代最長幹事長」となった。その7日後、菅によって幹事長に再任された二階は、今なお最長記録を更新し続けている。

 永田町では誰もがそれを当然視している。菅政権を作り出したのは、他ならぬ二階なのだからと。

 8月、持病の潰瘍性大腸炎が悪化した安倍が退陣を表明すると、二階はいち早く菅支持を表明。安倍の次は菅。この流れを既成事実化し、総裁選が始まる前に「菅勝利」を決めたのが二階だった。その二階を幹事長から外す選択肢は、菅にはなかった。

 幹事長代理として二階を支え、常に寄り添い、側近中の側近として知られる衆院議員の林幹雄(もとお)が証言する。

「安倍総理が退陣表明をしたのが8月28日。その4日後の9月1日の総務会で、14日に行われる総裁選の手順が決められることになっていました。その後に、菅さんが正式に出馬を表明する段取りになっていた。ところが二階さんは、『その前(菅の出馬表明前)に、派閥として菅推薦を出しておいたほうがいい』と言い、8月30日から31日にかけて、菅さん支持の連判署名を二階派議員全員から集めました。二階さんのすごさはこの素早さです。30日には『二階派、菅支持へ』とマスコミ各社が一斉に報道し、31日にはもう総裁選の勝負の流れが作られていました」

 そして林は、本音を隠さずにこう明かす。

「二階さんは平然としていましたが、これが二階流と言うのでしょうか、独特の政治勘だと感服しました。顔や態度には出しませんが、『菅総理を作った』という意識は持っているんじゃないかと思います。なにしろ、私ですら持っているんですから」

 こうして菅政権は走り出す。

 いや、正確ではない。日夜、永田町を駆けずり回っている大手メディアの政治部記者たちは、陰で、この政権の本質をついた別の名前を付けてこう呼ぶ。

「菅・二階政権」

 事実、二階は今、我が世の春を謳歌している。

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