「二階俊博」が“総理以上”の権力を持つ理由 永田町で囁かれる“都市伝説”とは

国内 政治 週刊新潮 2020年12月31日・2021年1月7日号掲載

  • ブックマーク

「総理以上」の存在

 9月16日、菅政権の閣僚名簿が発表されると、入閣候補者の「身体検査」を行う内閣情報調査室(内調)の職員は、複雑な思いのこもった溜め息をついた。

「本当に平沢さんが入閣している」

 当選8回、警察官僚出身の平沢勝栄は、これまで常に「入閣待機組」の椅子を温めてきた。かねてパチンコ業者との関係などが取り沙汰されてきた彼が、全メディアがスキャンダルはないかと目を光らせる大臣の座に就(つ)くことはあり得ない。それが内調をはじめ永田町雀たちの常識だった。

 しかし、常識は覆された。非常識が罷(まか)り通った。

 平沢は17年まで石原派に所属。しかも派閥事務総長の要職を務めていた。だが、彼は所属議員10名余の小所帯を見限り「脱藩」。そして、人事を握る最長幹事長を戴(いただ)く二階派に転籍する。結果、めでたく復興相として初入閣。非常識を押し通す力を持っていたのが、平沢その人でないのは明らかだった。

「数は力」を体現する二階の派閥は、今や「駆け込み寺」と化している。清濁併せ呑む。この二階のスタンスに、吸い寄せられるように人が集まってくるのだ。

 それは何も他派閥からだけに限らない。細野豪志、長島昭久……。自民党に移籍した旧民主党系議員たちも、悉(ことごと)く二階派に入会している。派閥転籍組以上に「よそ者」である彼らでも、二階派にいるとしっかりとポストにありつけるのだ。

 政界ウォッチのプロである全国紙の政治部デスクは、「細部」に二階の力を見る。

「菅政権の人事で、やはり旧民主党系からの移籍組である鷲尾英一郎が外務副大臣に、同じく移籍組の山口壮(つよし)は筆頭副幹事長の座をあてがわれています。『外様議員』でもポストがもらえる。そして大臣だけでなく、こうした細かいポストまで目配りする。それが二階派膨張の最大要因でしょう」

 12月10日、その外様議員である山口は、派閥のとりまとめ役である二階派事務総長に抜擢された。

 人事を「エサ」に拡大路線をひた走る二階派は、10月29日、新たにひとりの議員を迎え入れ48人となる。同数で並んでいた岸田派を抜き、単独で党内第4派閥の座に躍り出た。二階が幹事長に就任したのは16年8月。当時、二階派の議員は36人。まさに、二階の権力が増していくとともに派閥は膨れ上がっていった。

 新進党、自由党、保守党、保守新党、そして自民党への復党と、常に二階と歩みをともにし、自ら「二階の駒」と言い切る参院議員の鶴保庸介は、派閥膨張の要因をこう語る。

「結局、政治の世界は一寸先は闇。昨日の敵は今日の友であるし、今日の敵は明日の友であることが、政党を渡り歩いてきた二階さんは肌に染みついている。だから、人を立場や肩書で見ようとしない。その人が一所懸命頑張るというのなら面倒を見る。その結果、とりわけ新人議員が急に増えたんだと思います」

 この数の勢いを背景に、二階の言動は「絶対的権力者」の色を一層濃くしていく――。

 9月9日、すなわち最長幹事長となった翌日。二階は番記者たちとのオフレコ懇談に臨んでいた。

 番記者が尋ねる。

「昨日、総理(注・当時はまだ安倍総理)から幹事長在職最長のお祝いの連絡はあったんですか?」

 二階が応じる。

「なかったな。そういうことができたら、もっと偉くなっとるはずだ」

 総理以上に偉くなるとは? 戸惑う番記者が恐る恐る重ねて訊(き)く。

「総理は、既に充分偉いと思いますけど……」

 そっけなく二階は答えた。

「そういう気遣いができれば、もっと政権運営が安定していたはずだ」

 一強総理をも「偉くない」と断じる二階。この瞬間、二階は「総理以上」の存在と化していた。

 同月16日、二階派の会長代行で元官房長官の河村建夫の地盤である山口3区から、岸田派参院議員で元文科相の林芳正が鞍替え出馬を模索していることが報じられる。脅かされる二階派の牙城。

 すると10月4日、二階は派閥の議員19人とともに同区内の宇部市に飛び、河村の総決起大会に参上した。

 親分が子分を引き連れ「賭場」に乗り込む。現代に甦る東映任侠映画の世界。

 そこで二階は400人の参加者を前にこう言い放った。

「『売られた喧嘩』という言葉がある。我々は、河村先生に何かあれば、政治行動の全てを擲(なげう)ってその挑戦を受けて立つ」

 本来は「レフェリー」であるべき幹事長らしからぬ、林への恫喝とも受け取れる強面(こわもて)発言だった。

 他方、静岡5区。自民党現職で岸田派の吉川赳(たける)がいるにも拘(かかわ)らず、二階はそこから「駆け込み組」の細野の出馬を検討し、ライバルである岸田派の殲滅を進めようとしている。公認権を握る「幹事長強権」が発動されようとしているのだ。

 細野の静岡5区挑戦は押し通すが、林の山口3区鞍替えは認めない。細野と林の大きな違い。それは二階派か否かだった。

 林には二階の意に逆らい、強行出馬する選択肢が残されてはいる。しかしその場合、党からの除名もあり得ると、二階派幹部はさらなるプレッシャーを林にかけている。

 除名を審議するのは党紀委員会。そして、党紀委員長の椅子には今、参院議員の衛藤晟一(せいいち)が座っている。その衛藤は……二階派だった。

党本部に轟いた怒声

「任侠映画事件」3日後の10月7日、都内ホテルでの二階派パーティー。各派閥の領袖が馳せ参じ、権力の匂いを嗅ぎ分ける能力が異様に発達した東京都知事の小池百合子、そして総理の菅まで駆け付けた。

 菅はこう持ち上げた。

「党と政府が一体でなければならない。そうした中で、引き続き二階先生に幹事長をお願いした」

 同月10日、再び番記者たちとのオフレコ懇談。菅政権が滑り出し、高支持率下での年内解散が取り沙汰されている時期だった。番記者はその可能性を探ろうと二階の発言に耳を澄ませる。

 二階は言った。

「総選挙は明日でも構わない。今夜だっていいぞ。選挙で大変なのはひとり頭、数百万円の公認料だ。うちは、2回選挙やっても大丈夫なくらい準備している。2回連続でやってやろうか。野党はもたないぞ」

 最長幹事長の強みは人事だけではない。

 11月27日に公表された19年分の政治資金収支報告書を見てみる。自民党各派閥の収入を比較すると、二階派は3億305万円。2位の麻生派の2億8067万円を凌ぎ、3年ぶりに二階派がトップに立った。

 そして、二階本人が19年に自民党本部から受け取った「政策活動費」は10億1千万円。同費は自民党全体で13億円。実に78%が「二階のカネ」となっている。この政策活動費は使途記載の必要がない。つまり「二階の自由になるカネ」だ。

 人事とカネを握る最長幹事長の二階。彼が旗振り役を務める国土強靭化計画は、今年度までの3カ年計画のはずだった。だが11月末、さらに5年間、15兆円の事業規模で延長される方針が、予算不足のコロナ禍のなかであっさりと決まった。「誰の一声」だったかは言わずもがなだった。

 政策決定の面においても二階の存在感は増すばかり。加速する「菅・二階政権」。いや、もはや「二階・菅政権」の感すら漂う。

 こうして栄耀栄華を極め、老齢何するものぞと権力の中枢に君臨する二階。だが、そこに影がないわけではない。

 10月6日、自民党の一億総活躍推進本部長が決まった。その決定の前、党本部内に怒声が轟いていた。

「お前、二階派だからって、何でもかんでも好き勝手にできると思うなよ!」

 同党参院幹事長の世耕弘成が、片山さつきを面罵していたのだ。

 かつて官房長官を務めた青木幹雄が牛耳っていたように、参院自民党は衆院自民党とは毛色が違う「独立王国」の側面を持つ。そして同本部長ポストは「参院枠」。しかし、参院を今仕切る世耕に何の相談もなく、本部長には片山が就くことで話が進められていた。

 参院という自分の「ムラ」を荒らされたことに激怒した世耕は細田派、そして片山は二階派。結局、麻生派の猪口邦子が本部長となることで落ち着く。

 自民党内には静かに、しかし確実に、我が物顔に振る舞う二階派議員への反発と抵抗が生まれつつある。

 そして、二階派の中にはもうひとつ重大懸念がある――と、永田町では囁かれている。

次ページ:語り継がれる「都市伝説」

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]